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エッセー/アングロアメリカ
アメリカ合衆国と政策決定−地域専門家の役割−
小田 康之(GEO Global 代表・在サンフランシスコ)   2001年9月27日

 未曽有の大惨事を目にして,愛国心が国中に充満している。ここまで国中が一つの方向に向いたアメリカを筆者は見たことがない。

 ここサンフランシスコの中心に位置するユニオンスクエアに面したデパートの壁面には,巨大な星条旗が掲げられた。付近は大勢の観光客が行き交う場所だ。サンフランシスコ名物のケーブルカーにも国旗のポスターが目に付く。新聞の広告にも全面がアメリカ国旗で,「これを切り取って窓に掲げよう」というものさえある。

 ニューヨークとワシントンDCで大規模テロが発生した9月11日,その衝撃が走るや否やサンフランシスコも直ちに警戒態勢に入った。町の景観のシンボル的な存在で先端が尖ったトランスアメリカピラミッドビルは終日閉鎖。ゴールデンゲートブリッジは歩行者の通行が遮断され,市役所などの市の機関も固く扉を閉ざした。

 事件直後のFBI長官の記者会見を見ていて,筆者は少々驚いた。アラビア語とペルシャ語の話者のボランティアと求めると呼びかけたからである。ボランティアであるから,その扱う情報の内容はたかがしれているであろう。それにしても,この事態に及んでわざわざ公に呼びかけなければならないほどアラビア語やペルシャ語で情報解析のできる人材がアメリカの政府機関にいないのか。

 サンフランシスコ・クロニクル紙によると,昨年全米の大学でアラビア語を専攻として卒業した学生はわずか10人だという。アラビア語を母語とする人々がアメリカには多数いるにはいるが,母国との感情的なつながりがあるため,敵としての情報解析のような微妙な作業には不向きだという。このような仕事をこなせる中東・中央アジア言語に通じたアメリカ人はごくわずかだというのだ。

 アメリカ合衆国は,政策科学としての地域研究の牙城ではなかったのか。これで思い出すのは,ケネディ政権とジョンソン政権で国防長官を務めたロバート・マクナマラの言葉である。自らが当事者として深く関与し「マクナマラの戦争」とさえアメリカでは言われたベトナム戦争を振り返って「我われは間違っていた。恐ろしいほどに間違っていた。」と言う。

 自らの誤りを冷静かつ誠実に認め,いかに間違っていたのか,そこからどのような教訓が導き出されるのかを説明するために書かれたのが,1995年に出版されたIn Retrospect(邦訳『マクナマラ回顧録』)である。

 同書の中でマクナマラは述べる。「我われの判断の誤りは,その地域の人々の歴史,文化そして政治に対する根の深い無知とその指導者の性格と性癖に対する無知であった。」

 またこうも分析する。「自らの信念と価値観のために戦い死ぬことを動機づけるナショナリズムの力を過小評価した。」

 つまり政策決定に関わる高官レベルでは,当該地域を知悉した専門家が存在せず,その無知がアメリカをしてベトナム戦争に泥沼的な介入を進めさせる大きな要因の一つとなったと分析しているのだ。

 今回の大規模テロは,アメリカの中心が実際に攻撃を受け,かつてない多数の犠牲者を出した。その衝撃はアメリカの経験したことのないものとなった。そしてこれからもさらに攻撃される可能性が指摘されている。そのことからも,反撃をすることやむを得ないであろう。

 しかしその目的は,特定の国家との対峙ではなくテロの根絶である。オサマ・ビン・ラディンとそれをかくまう国家への攻撃という対症療法のみでは,当然の事ながら達成不可能な目的だ。

 非常に困難な問題ではあるが,これまでブッシュ政権が真剣な取り組みを見せぬままとなっているパレスチナ問題の解決も含めた対処が必要になる。今回の相手はテロリストとはいえイスラム過激派という衣をまとっているだけに,その対処を一歩誤ればアメリカおよびその同盟国がイスラム世界と対峙するような事態となり,ベトナム戦争以上の惨事も起こりかねない。

 このきわめて微妙な政策決定と遂行の過程に,マクナマラがベトナム戦争の誤りとして指摘したような無知が今回は生じていないであろうか。当該地域や組織を知悉した専門家も力を発揮し,あるいは指導者がそれら専門家にも耳を傾けた上で政策決定がなされているであろうか。

 翻るあまたの星条旗を目にしながら,そのような不安を禁じ得ない。

【筆者プロフィール】は,ウェブページをご連絡ください。<http://yasuoda.com>

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