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From Indonesia
村田 素男(GEOメンバー)
 もし、1ドル=500円(執筆時点で1ドル=130円くらい)になったら、日本での生活はいったいどうなるか想像できるだろうか.

 海外旅行好きの人にとって、コストは4倍に跳ね上がる.日本にいて輸入品を買っても4倍する.資源がない日本.原油・ガスが4倍高になったらひとたまりもない.冷暖房が制限されて、夏暑く冬寒い生活.未曾有の狂乱物価になって、買いだめと売り惜しみが横行する.ただ、全ての物価が自動的に4倍になるわけではないので、外人観光旅行客は「最大75%OFF、大バーゲンの日本」を満喫する.まあ、それではムシがよすぎるので、ホテルは宿泊料金をドル表示の円払いにしてボロ儲けするかも.

 自分の人生で、自国通貨の価値が4分の1になるという経験は、精進潔斎、神頼みをしてもできるものではない.それが今、赤道の南に横たわるインドネシアで起きている.ドル/ルピアレートは毎日乱高下しながら、確実にルピア安の方向に向かう.97年7月中旬に1ドル=2,400ルピア台だったものが、この原稿を執筆している時点で10,000ルピアを超えている.わずか半年で通貨価値が急落してしまった.

 まず、9月にデパートは買い物客でごったかえした.輸入品価格が上がる前に買い込もうという人出である.日本食レストランは値札を2度、3度と書き換える.政治体制への不信も重なり、年明けには暴動発生の噂が出て、自宅にこもれるように食料品の買いだめのする長蛇の列がスーパーにできた.かくいう筆者もレジ通過に2時間を要した.

 いつのまにか、庶民が食べる屋台の焼き飯の量がなぜか減る.その後しばらくして値段が倍になる.しまいに、古都ジョクジャカルタの青果市場で野菜の値段が上がる.売っているおばちゃん曰く「ルピアが暴落したから.」アホぬかすな.それ輸入品やのうて、あんたんとこの裏庭でとれたもんやろが.まだ肥料もなんにも値上がりしてへんでぇ!!みんな大変なのである.

 こんな状況でぼろ儲けをしている人たちがいる.金融機関の為替トレーダーである.ある外国銀行の為替トレーダーたちは、ルピア売りで大もうけ.平日に皆で仕事をやめてバリ島で大散財したのだとか.ただ、彼らは為替レートの動きが止まると稼ぐ機会がなくなってしまうので、平気で相場が動くような嘘をつく.病気持ちのスハルト大統領は何度も死んだことにしてしまう.ある日、シンガポールの金融市場関係者から電話がかかってきて「ジャカルタでクーデターが今晩起きる」という.私はあきれて答えた.「貴重な情報有り難うございます.でもね、チョット考えてみてください.クーデターってわからないようにして突然やるからクーデターなんじゃないですか?あなたが反乱軍の頭領だったら、シンガポールにまで決行日時が知れて、それでもクーデターします?」

 インドネシアは70年代に80年代にそれぞれ2回通貨切下げをしている.とくに80年代は30%以上の切下げをしている.政府が切り下げ否定のコメントを出したその日のうちに、恥も外聞もなく実行してしまう.これでは国民は自国通貨を信用しない.通貨危機が始まる前の97年6月の段階で、ルピア換算した外貨預金(ほとんど米ドル建て)は、総預金残高のなんと20%を占める.8月14日にルピアが完全変動相場制を余儀なくされ、通貨急落が進行すると、10月にはこれが30%に達した.この間の外貨預金の増加率は50%である.一方で同じ期間の対ドルでのルピアの減価率がほぼ40%であることから、もともとの預金通貨ベースでも外貨預金は増加していることがわかる.ルピアベースではあるが、外貨預金のシェアが30%近くあることは、いかに自国通貨に対する信認が低いかわかる.さらに、8月以降はルピア預金の金利が跳ね上がっているにもかかわらず、ルピア預金が減少している.この現象は重く受け止める必要がある.一般預金者レベルで、金融システムに対する不信が広がると同時に、自国通貨への信認が一層低下しているのである.しかも、富裕な華人系住民にはもともと愛国心などなく、米ドルとすぐに持って逃げられる金の装飾品を持つことが究極の資産保持手段である.

 金持ちは、国外の銀行口座にドル預金口座を持っている.筆者が住むアパートの賃貸料はドル建て.オーナーである金融会社社長に賃貸料を払う先は、シティバンクニューヨーク本店かシンガポール支店の口座が指定されている.こうした層はルピア安で大もうけしている.

 自国通貨価値が半分になったタイでは、一部の金持ちが没落して、「元金持ちのマーケット」なる場所で中古のベンツやボルボが叩き売られている.ところがインドネシアではドルを持つ金持ちが一層太って、今やベンツがバカ売れしている.

 一方で、彼ら金持ちがオーナーである企業は、ドル建ての借金も持っている.借金もルピア建てで4倍に膨らんでいる.多くの企業が金利がルピアの半分で済んでいたドル建てローンを競うように取り入れた.それが災いして、債務超過になって、事実上倒産する企業が相次いでいるいる.景気もどんどん悪くなっている.ただ、たちの悪いオーナーは、最悪の事態になる前に、企業の資産を自分の所有に変更、「金ならない」と称して国外高飛びを決め込む.

 蛇足になるが、不況で税収が落ち込む政府は大増税を予定している.別件で電話してきたRホテルの日本人担当営業マネージャーE嬢に、近くアルコールにかかる物品税が80%引上げられて、7月1日にもまた上がるという当時の極秘情報を教えてあげた.彼女はため息をついて曰く、「あたし、このホテル辞めて帰国することにしてよかった.とても我慢できないわ.」日本産、ジャカルタ名物の大寅、東京でもうひと暴れを期す.

村田素男(むらたもとお)
大和総研ジャカルタ駐在主任研究員.シンクタンク、日系金融機関の中では日本人唯一のジャカルタベースのエコノミスト/アナリスト.ジャカルタ駐在6年目に入る.バンカーズ・トラストに3年半勤務して、大和総研経済調査部と国際調査部でアジア地域担当のあと、カントリー・アナリストとしてジャカルタ駐在.インドネシアのマクロ経済、産業・企業動向、金融資本市場動向を分析する.ジャカルタ、バリ、シンガポールのホテル情報にも強い.日本の航空会社2社のジャカルタ支店に対してインドネシア経済動向のアドバイスも行なう.余技でたまにインドネシアに関わるエッセーを書く.旅、映画と音楽を愛する.インドネシアのリゾートについての相談OK.富山県出身.
<追記>
村田さんは'98年5月に大和総研東京本社に御戻りになりました.メールアドレス miko@ops.dti.ne.jp

[本エッセーは、1998年1月発行の地域研究組織GEO Newsletter第2号に掲載されたものです]

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