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森の民ダヤック人の
奥秋 聡(GEOメンバー)
 1997年の8月と12月に、NGOの調査のお手伝いと旅行を兼ねて、ぼくはインドネシアのカリマンタン島(ボルネオ島)の奥地に住むダヤック人の村を訪ねた.

 カリマンタン島は首都ジャカルタのあるジャワ島の北にあるヒヨコのような形をした島で、私の行った村はそのちょうど真ん中あたりにあり、東カリマンタンの中心都市サマリンダから船を乗り継いで川をさかのぼり1日半かかる.ところでカリマンタン島の奥地というとどんなところか想像がつくだろうか?生い茂る熱帯雨林と、その中で狩りや焼畑農業をしてたくましく生きる人々.彼らは耳にたくさんのイアリングをつけたり、入れ墨をしたりしている.ぼくはそんな漠然としたイメージを持っていた.また、そんなところだったら、さぞかしワイルドな体験が出来て楽しいだろうなと期待もしていた.

 ところが、ある程度予想はしていたが、現在の消費文化はこんなところまでも容赦なく入り込んでいた.バラボナアンテナがいくつも立っているし、女の子の部屋にはトム・クルーズのポスターが大事そうに貼ってあった、しかしそれはそれで、また別のおもしろさを味わうことが出来た.途上国ではよくあることだが、もともとそこにある伝統的な要素と近代的な要素がうまく調和して、新しい風景を作り出す.時にはそれがものすごくユーモラスにぼくらの目に映る.例えば、狩りから帰ってきた若者は片手に槍を持ち、捕らえた豚を荷台にくくりつけYAMAHAのバイクにまたがる.肉に毛が生えている野豚のスープは、味の素で味付けされる.昔は身分を表すために入れ墨が使われていたが、今どきの若者は自分がいかにファンキーかを主張するために「Bon Jovi」だの「Michel Jackson」などと身体に彫り込んでいる.

 彼らの生活が変化しているのと同じように、彼らをとりまく自然も変化している.木材伐採や、プランテーションの開発が進んでいるからである.しかし、東京を住む人間から見ればまだまだ豊かな自然が残っている.林にはあちこちにたわわな果実がなり、見たこともないどぎつい色の蝶が舞い、小鳥がきれいな鳴き声を競い合っている.小鳥の鳴き声にまぎれて、猿も吠えている.目をつぶればいろいろな音が耳に入ってきて心地よい.また地平線いっぱいに広がる湖に沈む太陽を見ながらの沐浴は格別に気持ちがいい.こんな自然に囲まれたところで、生活しているときれいなものを見て素直にきれいだと感動でき、美味しいものを食べて素直に美味しいと感動できる.沐浴の時の水が冷たいとか、空の青さがきれいだとかほんの些細なことにも感動できる.普段の生活で鈍っている五感が研ぎすまされていくのを感じる.

 実はダヤック人の村を訪問するにあたって心配していたことがあった.ダヤック人は昔「首刈り」の風習を行っていたほど外部のものに対して警戒心が強いことで知られている.さらに、この辺りには第2次大戦中日本軍が駐屯していたこともあり、自分がどのように村人に迎えられるかを心配したのだ.しかし、その心配は無用だった.ちょっとだけインドネシア語の話せる怪しい巨大な日本人の訪問を彼らはとても歓迎してくれた.別れ際に、お世話になった村長さんは私を養子にするといって養子縁組の儀式を行い、現地名をくれるほどであった.「養子になったということは、森を相続できるのか?」と聞いたら、「欲しければやる」とのこと.老後はそこに家を建てて住もうかと思っている.彼らの村は伝統的なものをある程度残しながらも、ものすごい勢いで変化している.ぼくはこの村に来たのもなんかの因縁だと信じて、この変化をこれからも追っていきたいと思っている.たとえそれが10年に一度、20年に一度の訪問だとしても.

 最後に、ありきたりの旅行に飽きてしまった方へ.ダヤック人の村へ行きませんか?ぼくの親父の家を紹介しますよ.きっと何か面白い発見があると思います.


奥秋 聡(おくあきさとる)♂oku5@fr.a.u-tokyo.ac.jp

 東京大学大学院 農学生命科学研究科 森林科学専攻林政学教室 修士1. 住民運動、環境問題全般(特に途上国における貧困問題と環境破壊)、日本の山村の過疎問題等に興味がある.趣味は旅行、散歩(最近は特に下町散策)、映画鑑賞(邦画を含めたアジア映画中心)今年の4月ごろに出る小中学生向けの本、「ジュニア朝日年鑑」(朝日新聞社)に現地の村で行ったNGO活動について執筆.(「図書館にでも行ったとき読んでください.」とのこと.)

森林に興味を持つきっかけ:高校のとき山岳部だったのでもともと興味があったが、大学院にはいるときに熱帯林のことを研究すれば、半分旅行気分でそこにいけると思い、この分野に飛び込んだ.実際研究と言うより、旅行です.

[本エッセーは、1998年1月発行の地域研究組織GEO Newsletter第2号に掲載されたものです]

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updated:2002.07.22