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エッセー/アジア
これが民主主義? シンガポールの総選挙
勝間田 弘(英国バーミンガム大学大学院・在シンガポール)

 ご存知の方も多いかと思いますが、最近シンガポールでは総選挙がありました。結果は与党の勝利。しかし、シンガポールの選挙で注目するべきは、単なる結果ではありません。選挙の過程に目を向けると、この国の特別な政治制度をよく理解できます。そこで、今回の選挙についてレポートをしたいと思います。

 シンガポールでは1965年の建国以来、与党である人民行動党の一党支配が続いています。国会の議席の大半は、常に人民行動党が占めてきました。この国の政治体制は、表向きは競争的な選挙がある民主主義です。しかし、その中身を見てみると、通常考えられる民主主義というものとは全く異なる、特別な政治制度だと言えます。

 そのような特別な政治の特徴が最も良く表れるのが選挙です。端的に述べると、人民行動党が、自分達が必ず勝てる選挙制度を作っているのです。

 今回の、与党が圧勝した選挙の過程を追ってみましょう。まず、選挙区分けが与党に都合が良くなる形で行われました。恣意的な選挙区分けは毎回行われることなので、今さら特に驚くべきことではありません。

 しかし今回は、選挙実施の告知時期が異常でした。告知から立候補届けの期日までが非常に短く、数週間しかなかったのです。これは、野党に各選挙区で候補者を出す時間を与えないためです。この奇襲作戦は見事に成功しました。多くの選挙区では野党の候補者がいないまま、与党の自動的な勝利でした。

 さて、実際の投票日です。投票は義務付けられていて、しなければ罰金です。ただし、例外があります。もしも自分の選挙区では(幸運にも?)競争がなく与党の自動的勝利であれば、投票に行く必要がありません。投票日は祭日になるので、一日ゆっくりできます。

 私も、様子を見るために投票所に行ってみました。近くの小学校だったのですが、緊縛した雰囲気に驚きです。入り口では腰に銃を備えた警察官が張っており、人の出入りを規制しています。写真撮影は厳禁。写真も撮れないまま帰ってきました。

 選挙結果は、与党が84議席中82を押さえ圧勝。今後もまた人民行動党の統治が続きます。野党を勝たせてしまったり、野党議員の得票率を高くしてしまった地区は、これからが大変です。公団住宅の改装工事を後回しにされたりと、厳しい仕打ちが待っています。もしも住宅をきれいにして欲しければ、次回の選挙まで待たなくてはいけません。これがシンガポールの政治です。

 何だか悪いことばかり書いてしまったような気がします。でも、強い政府だからこそできることも多くあります。何と言っても、建国時には何もなかった東南アジアの小島を、わずか数十年間で地域一豊かな社会に育てたのは、他ならぬ人民行動党であるという事実には留意が必要でしょう。

【筆者プロフィール】
勝間田 弘(かつまた ひろし).英国、バーミンガム大学大学院、政治・国際学部博士課程在籍中。冷戦後のアジア太平洋地域における政治・安全保障協力への、社会学的理論によるアプローチを目指す博士論文を執筆中。アセアン諸国の役割を考察するために、今年8月からシンガポール国立大学大学院、政治学部にて研究中。メルマガ「教科書に書いていない国際政治学」
(http://members.aol.com/hiro102570/magazine2.htm)著者。GEOグローバルメンバー。

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updated:2001.11.07