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ヨーロッパ・ヨーロッパ
−ドイツ人として戦ったユダヤ人少年の物語− Solomon Perel著 Europa Europa: A Memoir of World War II を読む GEO代表 小田康之 |
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まるでこの本のタイトルに引き付けられるかのようにヨーロッパへ、それもドイツへと向かうルフトハンザの飛行機の座席に、私は身を委ねていた。これはただの偶然である。でもそれにしては。
米国東海岸に位置するボストンの空港で、私はこの本を貪るように読んでいた。日本へと向かうため、シカゴ行のフライトを待っていたのだ。搭乗開始直前になって、シカゴが雪のためフライト遅延のアナウンス。これではシカゴからの日本への帰国便に間に合いそうにない。搭乗口で待つことおよそ一時間、これで最早シカゴでの乗り継ぎは絶望的。カウンターで他のルートでの東京行を探ってもらうが、米国を出発する太平洋便にはどの航空会社でも、どの都市で乗り継ごうともその日は無理とのつれない返事のみ。 他に方法はないのか? そうだ、地球は丸いのだ。東回りでも日本にたどり着けるではないか! カウンターの金髪女性は微笑んだ。ルフトハンザで大西洋を渡り、フランクフルトで乗り換えユーラシアの上空を横断すれば、半日早く帰国できる。よしこれだ。すぐさま航空券をルフトハンザに切り替えてもらい、数時間の後には、私は大西洋を東に向かう機上の人となった。 私を米国からドイツ経由での帰国の途へと誘ったかのような本、Europa Europa: A Memoir of World War II を東京への空の旅中、食い入るように読みふけった。このは、実話である。ユダヤ人の少年が劇的な契機によって非ユダヤ系ドイツ人に成りすまし、ヒトラーの名を冠したナチスのエリート養成校で教育を受けることになるという、にわかには信じがたい第二次大戦の記憶の物語だ。 1990年には、フランスとドイツの合作として、この本は映画化された(『ヨーロッパ・ヨーロッパ−僕の愛したふたつの国』)。映画がまた素晴らしい。 私が初めてこの映画を見たのはスペインだった。ホロコーストを背景としながらも、単に糾弾するだけではなく、人間味あふれるドイツ人をも登場させ、かつユーモアに満ちたこの映画に、大きな感動と強い衝撃を受けた。それから程なくして、再びマドリードの映画館に足を運んだことを覚えている。その後、原作本を手に入れたいと思うも、出会うことなく7年の歳月が流れてしまっていた。ボストンの書店での原作の英訳本との出会いは、その歳月を吹き飛ばしてくれた。 「始めから終わりまで事実に忠実であることを、自分自身と読者に誓う」と宣言する著者の身に第二次大戦中に起こったの回想が、この本である。あらすじは次の通りだ。 1925年ドイツの町に生を受けたユダヤ人のソロモン・ペレルは、ナチスの台頭によってその魔の手から逃れるために家族と共に逃亡生活を繰り返す。ポーランドに逃れた一家は、ドイツの侵攻により再び身の危険にさらされ、父母はソロモンと兄の一人を東へと逃がす。 ソ連に逃れたソロモンは兄と別れ孤児院に収容される。ここでスターリン共産主義の洗礼を受けるが、ドイツ軍の侵攻によって捕らわれの身となる。ユダヤ人であるソロモン少年は、銃殺となる危険を前に、とっさにヨーゼフと名乗り生粋のドイツ人を装う。ドイツに生まれ、ドイツ語を自由に操ることができるソロモン少年は、運も味方し、ドイツ人に成りすますことに成功。そこから彼の苦悩に満ちた二重生活が始まる。 ソロモンは前線でナチスのドイツ兵として戦い、兵士の仲間からはユップという愛称をもらい可愛がられる。ところが大尉に気に入られ、とんだ好意でヒトラー青年学校に入学することになってしまう。ユダヤ人殲滅をはかるナチスのモデル校に、ユダヤ人でありながらドイツ人を装って教育を受けることになってしまうのだ。 この二重生活の間中、ドイツ人ユップとユダヤ人ソロモンの二つの異なる人格が、互いに格闘を繰り広げ、ある時はアイデンティティーの喪失に苦しみ、ある時はドイツ人を装う自身に激しい憎悪を抱く。 しかしながら、「お前は生き続けなければいけない」という最後の別れ際の母の言葉を唯一の心の支えとしてなんとか生き長らえる。 原作では、映画にはない激しい心の葛藤がよく描かれており、著者の胸の張り裂けんばかりの心の叫び声がひしひしと伝わってくる。この驚愕すべきソロモン・ペレル個人の「ショアー」の物語は、その事実そのものが強いメッセージとして衝撃を与える。これは二度と起きてはならない歴史であると。 ★原著(英訳):Solomon Perel著,Europa Europa: A Memoir of World War II, New York:John Wiley & Sons, Inc.,1997. |
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updated:2001.07.31
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