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地域研究に必要なのは
有留 修(GEOメンバー)
  SAIS(首都ワシントンにあるジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院*長ったらしい名前.舌をかみそうだなあで学んでいたときに、ひとつ気になったことがある.それは専門地域が限定された場合、担当の地域を学ぶことに専念するあまり、その弊害として国際関係を大きな視野からとらえにくくなるのではないかという点だ.大学院留学の元々の目的が太平洋戦争前のアジアの国際関係を学ぶことだった.

 小生は日米を中心とするその時代の国際関係を広い視野からとらえられる授業を探していた.専攻はアメリカ外交政策におき、アメリカの視点から日本と中国,そしてロシア(ソ連)の織りなす複雑にからみあった東アジアの国際関係を多元的にとらえたかった.

野心的な試み

 東アジア研究で高い評価を得ている(日本脅威論が猛威をふるっていた時代には、「親日的すぎる」として攻撃を受けた時代もあったが)SAISには、幸いなことに、中国学と日本学のふたつの学問分野の担当教授が共同でアジアの国際関係を教えるという、かなり野心的な授業があった.前期が「東アジア国際関係1:第二次世界大戦以前」、後期が「東アジア国際関係2:第二次世界大戦以後」というもので、各学期12、3回の授業でアジア全域をカバーするというきわめて難しい試みであった.

 日本を専門分野としている学生にとっては、中国の歴史や政治、国際関係などを学ぶ必要があり、また中国を専門としている学生も日本について幅広い知識を身につける必要があった.これは学生にとって非常にタフな状況といえる.伝統的にみた場合、地域研究を行うときに学生は自分の専攻地域を選び、それと学問領域(政治、経済、軍事、技術等)という二つの座標軸の組み合わせで研究を進めていくことになる.自分の専攻地域の勉強だけでも相当なエネルギーを消耗するため、他の地域まで拡大するということはかなり難しい. しかし、この「東アジアの国際関係」では、その難しい作業が学生に課された.一週間当たりのリーディング・アサインメント(読む宿題)が約300ページ.だいたい.他の授業も3科目とっているわけだから、これは相当に大きな負担だ(全科目で一週間あたり千ページを超えることもある!).また、学期中は2回のプレゼンテーションが義務づけられ,最後は、論文提出となる(論文のテーマは、東アジアの国際関係を流れる一本のテーマを見つけ出し、そのテーマに沿って、自分なりの分析を展開するというもの).

 日本の歴史を一応はおさえ、中国の歴史についても多少なりとも知識を持つわれわれ日本人留学生にとっても、これはしんどい授業だった.ましてや、中国のみ、日本のみを集中的に学んできたアメリカ人(その他の国からきた学生)にとって、このクラスの難しさは並大抵のことではなかっただろうと思う.

バイの時代からマルチの時代へ

 しかし、こうした試みこそが、地域研究でもっとも必要とされているものなのではないだろうか.冷戦が終わり国際関係はますますバイ(二国間)の時代から、マルチ(多国間)の時代に移っている.米ソという超大国が世界を牛耳っていた時代は、国際関係が注目されるようになった17世紀から見れば特異な時代なのであって、国際関係とはおおよそ複数のパワー・国の間の勢力均衡が中心課題なのだ.いま、まさにそのようなマルチの時代が再び訪れようとしている.

 これは何も地域に限ったことではない.非常に月並みな言い方ではあるが、急速に強まるグローバリゼーション、市場経済化、そしてハイテク化の波を受けて、政治と経済、技術といった学問分野がそれぞれ独立しては成り立たなくなっている.すべてを包括したうえで、つまり多元方程式の観点から、国際関係をとらえる必要が生まれてきているわけだ.

 その意味で、これからの国際関係は分析や予想がますます難しくなるに違いない.H.キッシンジャーが「外交」という著作の中で指摘しているように、冷戦というバイの時代にならされていたアメリカにとっては外交の舵取りが難しくなっている.しかし,これは日本も同じ.日米基軸という単純方程式にならされてきたわれわれのメンタリティー、外交感覚はもはや時代遅れのものとなっている.その意味で、これから国際関係を学び、もしくは国際舞台での活躍を目指す人には、マルチの時代を生き抜くための多元方程式を解く力が必要とされているのだ.


有留 修[Osamu Aridome] 筆者プロフィール

 現在マイクロソフト社のMSNニュース&ジャーナル、マネージング・エディター.80年代初期にシアトルで学部留学(専攻:国際政治).90年代中期には首都ワシントンで大学院留学(専攻:アメリカ外交政策).自称「メディア界の渡り鳥」として、活字、テレビ、インターネットとあらゆるメディアを渡り歩く.仕事よりも趣味の世界を好み、音楽(作詞作曲も手がける)、映画、読書、芸術一般(和紙造形という新しい芸術形態にも手をそめる)、旅行、写真、散歩など、興味対象は無限大とのこと.本人いわく、典型的な「多芸は無芸」人間らしい.なお、地域研究、アメリカ政治・外交、留学、マスコミ、和紙、その他趣味のいずれかの項目に質問のある方は osamuari@microsoft.com までメールをお寄せくださいとのこと.

[本エッセーは、1998年1月発行の地域研究組織GEO Newsletter第2号に掲載されたものです]

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updated:2002.07.26