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知の先端の18人『大航海』
−クルーグマン、ハンチントン、アンダーソン−
GEO代表 小田康之
 これは便利な雑誌特集が出たものだ。隔月で『大航海』という雑誌が新書館から発行されている。この雑誌の6月号の特集である。知の先端を走る(故人も含む)18人の欧米人研究者・思想家を日本の各界気鋭の学者が二段組で6−8ページで紹介するという特集。

知の先端の18人とは、

クルーグマン、ハンチントン、ウォーラーステイン、ストレンジ、ポランニー、ボワイエ、アンダーソン、ブルデュー、プリゴジン、チョムスキー、サイード、ホール、ロールズ、クリプキ、ジジェク、デリダ、ドゥールーズ、フーコー

である。いずれ劣らぬ先端ものぞろい。

 ここでは、最近話題の3人を取り上げ、本特集での紹介者たちの一般向け著書のガイドも織り交ぜて勝手にご案内しようと思う。勝手な案内なので、どうでもよい横道にもそれる。

●ポール・クルーグマン Official Paul Krugman Web Page <http://web.mit.edu/krugman/www/

 まず始めは、ポール・クルーグマン。今や、日本でも知らぬ者はいないほどの論壇のスター的経済学者。正統派経済学の立場から俗流経済論や「政策プロモーター」達をばっさ、ばっさ、と切って捨てるその姿に喝采を叫んだ向きもあろう。罵倒した相手が、レスター・サローやロバート・ライシュなどのこれまた日本でも大衆的に有名な大物経済学者たちである。

 正統派経済学とはいうものの、学者としては学会主流の考え方に意義を唱える異端の存在であったにもかかわらず、一般向けの論壇では正統派経済学の論陣をはる。このクルーグマンの「ねじれ」には、本特集でのクルーグマンの紹介者である野口旭氏(専修大学教授)は個人的見解も含めながら、うまい説明を加えている。どういう説明かは、まあ雑誌を読んでくださいな。

 野口旭氏には、『経済対立は誰が起すのか−国際経済学の正しい使い方』(ちくま新書141)という新書版による著書がある。国際経済学の立場からクリントン政権下での貿易論争や日米貿易摩擦について明快に解説したものだ。ここでも主役の一人はクルーグマンである。

●サミュエル・ハンチントン

 本特集二人目は、サミュエル・ハンチントンである。フォーリンアフェアーズの論文とそれを拡張した最新作『文明の衝突』で、これまた一躍一般的にも有名になってしまった政治学者である。来日時には、ニュースステーションまでハンチントン本人を引っ張り出す始末。それにしても、論争を呼ぶような考えを、常に博引旁証で挑発的に論ずるのが好きな人である。民主化の波の世界への伝播を論じた前著『第三の波』でも、強烈なインパクトを与えた。

 紹介者は、猪口孝氏(東京大学教授)。個人的な親交も含めての紹介に、いつもながら読ませる文章である。ハンチントンのルネサンス的な守備範囲の広さを語りながら、合わせて今日の学会の細分化、狭隘化への批判を行なうあたり、猪口孝氏だからこそ。

 もっとも大衆的知名度は、奥様の猪口邦子氏の方が上かも知れぬ。かつてニュースステーションの常連としてその美貌で名高かった上智大学教授である。でも、双子のお子さんを産んでからというもの、政府の審議会くらいでしか、テレビで見かけることがなくなってしまったなあ。

 奥方の話は置いておいて、猪口孝氏である。氏は、啓蒙家としても新書版で便利な本を書いてくれている。まずは、『社会科学入門−知的武装のすすめ』(中公新書760)。古典に親しめ!歴史を知ろ!だの数字に強くなれ!だの、ごもっともな御託を具体例やら個人的な体験やらを引っ張り出し、大変な説得力で語り尽くす。巻末は政治学、経済学、社会学それぞれの案内になっており、そこでも明快ながら茶目っ気たっぷりにそれぞれの分野の書物への道筋をつけてくれる。この本は1985年の出版なのでやや古くなっている感もあるが良くまとまっていて、とにかく便利。 知的に怠惰になった時に読むと良い一撃になる。ビジネスマン諸君、ぜひ一撃を食らおう。(これは、自分への呟きである。)

 同氏のこの手のガイド的な新書としては、より最近の著として『世界変動の見方』(ちくま新書004)がある。こちらは1994年の著なので、冷戦の終焉を受けての書。この方の著書や論文を紹介し出したら大変だ。なんといっても日本人研究者には珍しいほど多産な政治学者である。

●ベネディクト・アンダーソン

 ついでにもう一人だけ、ご紹介しておこう。こちらは、前二者ほどの知名度はないかも知れない。ナショナリズム論のもはや古典とも言える『想像の共同体』の著者として知られるベネディクト・アンダーソン。政治学者であり、歴史家であり、天才的外国語能力の持ち主である。敬意を表し、東南アジアを対象とした地域研究者と呼んでおこう。(ここでの「地域研究者」にはもちろん侮蔑の意はない!)

 紹介者の白石隆氏(京都大学教授)は、舞台裏の話から書き始める。いわく、編集部の依頼は「ソ連が崩壊しポストモダンから政治、経済、国家、民族問題に人々の関心がシフトしているので、アンダーソンを紹介せよ」との趣旨。しかし氏の考えでは「アンダーソンは長期の世界的視野からものを考える歴史家で、東チモール問題を別とすれば、そのときどきの世界政治、東南アジア政治の状況に発言するということはない」。

 また、こうも言う、「かれが国民国家の時代は終わったとか、国家が消滅するとか、そういうことはまったく考えてないことは良く知っている」。確かに良く知っているのであろう。何せ白石氏は、アンダーソンとともにコーネル大学の東南アジア研究を長きにわたって担ってきた人なのだから。 3年ほど前に帰国し京大教授となってからも、立て続けに『新版インドネシア』(NTT出版)、『スカルノとスハルト』(岩波書店)と奥行きのある著書を出版し、中央公論やらNHKやらでも明晰なインドネシア分析を見せる。つい最近もインドネシア情勢の現状分析の本を出したようである。

 知の先端の18人の紹介とは大きくかけ離れたが、勝手な紹介はここまで。あとは是非手にとってご覧あれ。

 念のため言っておきますが、私は断じて出版社の回し者ではありません。本当に。

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updated:2002.07.20