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高野靖子の留学生ページ
高野 靖子(GEO-Global オーガナイザー
 留学生の中で"通学"定期券を買うことができない学生がいることを、どれだけの人が知っているだろう?

 この話を聞いたら、誰もが首をかしげると思うが、留学生の中でも「(外国人)研究生」という身分の学生は、研究生は非正規生であるという理由から通学定期券を購入することが許されていないのである。世の中の人々、特にGEOに参加するような国際的・社会的問題に対する関心度が高い方々に、この理不尽な現状を知ってもらいたく、今回、原稿を執筆させていただいた。

●留学生を特別扱いしないで

 留学生と聞くと、勉学はそこそこにアルバイトに精を出しているような出稼ぎ学生をイメージする方がいるだろう。また、いわゆる苦学生として哀れみの対象と受けとる方もいるかもしれない。日々、留学生担当者として留学生のお世話をしている者としては、そういう見方を払拭して同じ目線で特別扱いせず、同世代の友人として接してもらいたい。そして、日本で暮らす隣人として、できるだけ彼らに対して日本語で話しかけて欲しいし、変な同情も不必要だと考える。

●研究生とは何?

 少々話がそれたが、研究生課程は耳慣れないものだと思うので、具体的にどういう課程かを説明してみたい。私が所属する大学院研究科の研究生には、大きく分けて3つのパターンがある。第1は修士・博士課程に進学を希望している者(50%)、第2は海外の大学院で博士論文執筆中、それに必要な調査・資料収集のために在籍している者(40%)、第3はオーバードクターといわれる者で、博士課程の単位は修得したがまだ学位を取得していない者(現在はゼロ)である。研究生は非正規生であることからも分かるように、学位を伴わない課程である。

 本研究科では、修士課程に在籍する留学生の実に75%が、この研究生課程に入り受験の上、進学しているのが現状で、進学準備段階としての役割は大きい。

 研究生は、時として修士や博士の学生よりも頻繁に研究室に来て長時間勉強に励んでいて、講義のない土・日も研究室や図書館に来ている学生が少なくない。留学生センターで日本語の集中講義を受けるために、毎日登校する研究生もいる。私費留学生(文部省国費留学生(注)でない留学生)の70%が行っているといわれるアルバイトをしている者は少なく、やっていても週に1度、2時間程度である。本研究科の私費・研究生の9割以上が、韓国、中国、台湾などのアジア諸国出身者であり、非常に勤勉で、かつ、無駄のない慎ましやかな学生生活を送っている。

 特に、都心の一等地にある本大学に通う研究生に重圧となっているのは、住居と通学にかかる費用負担である。大学近辺は家賃が高くて私費留学生にはなかなか手が出せない。かといって、住居費を節約するために郊外の安めのアパートを探しても、遠距離通学になり時間がかかる上に、毎日学校へ通う交通費の負担が重くのしかかる。学生でありながら、通学定期券を購入する資格が認められていないからである。

●大学・文部省・JR東日本の反応

 これを見かねて、研究生のチューター(学習・生活相談)をしている本研究科博士課程の日本人学生が発起人となって、研究生にもなんとか通学定期券の発行を許可してもらえないかと考え、調査を始めた。「研究生も同じ研究科に所属し、定額の授業料を納めている学生なのに、通学定期券を購入できないのはおかしい」という主張をもとに、大学・文部省・JR東日本に対し、「研究生はなぜ通学定期券を買えないのか」という問いをぶつけてみた。調査の結果は、「三者三様の回答であり、この問題について誰もきちんと突き詰めた形で整理しておらず、整理すればするほど混乱してくる」というものだった。

 日本人学生の貴い行為を無にしてはならないと思い、今もって地道に活動を続けている。新聞に投稿してみたり、先生に協力を求めたり、政治家に陳情してみたり。その甲斐あってか、文部省の留学生政策懇談会が3月24日に発表した報告書「知的国際貢献の発展と新たな留学生政策の展開を目指して」中に、この問題の改善を促す記述が盛られた。

●通学定期券は実効性のある施策

 アジア諸国を覆い続ける経済不況の中、留学生の大部分を占めるアジアからの私費留学生の経済状況は厳しい。その上、頼みの民間奨学団体もこの低金利続きで奨学金・奨学生数減を余儀なくされている。留学生数はここ数年減少傾向にあるが、大学の留学生受入れの現場にいる者として、日本留学を希望する留学生数自体が減っているような実感はない。むしろ、アジア諸国に蔓延する不景気によって希望の職種につけない優秀な学生が、距離的にも感覚的にも近い日本への留学を目指すことで、日本留学を希望する学生の質・数ともに上昇した感じすらある。

 留学生活におけるこまごまとした障害が、実は日本留学の魅力を減ずる悪影響を与えているのではないか。彼らから見れば、留学生として来日しているのに学生として扱われないという矛盾した現実は、日本留学に対する不信として母国にフィードバックされることになる。

 重厚な留学生受入れプログラムもいいが、その一方で、研究生に対する通学定期券の発行といった日常の留学生生活を支えるための小さな配慮が、実は留学生にとって大変ありがたい実効性のある施策なのだ。こういった現実を重視すべきではないだろうか。

(注)文部省国費留学生:日本の国費により学費免除、渡航費・奨学金(大学生は142,500円/月、大学院生は185,500円/月)等を支給される。

(東大センターニュース1999年4月第15号掲載に加筆・修正)

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updated:2002.07.20