ジオ・グローバル    
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メルマガ/vol.29
2002.11.01
Contents

(1) 「ピースボート周航記(1)出航、そして生き地獄からの生還」
渡辺真帆(コミュニケーション・コーディネーター)

 みなさん、こんにちは。東京に戻ってきました小田です。

 行事案内用のメルマガ GEO Global Magazineを配信登録されている方には、既にお知らせしましたが、GEO Globalの行事が今月と来月盛りだくさんです。(配信登録方法はこのメールの末尾に。)

 11月16日(土)には、新サブグループ Vital(バイタル)が設立準備会・勉強会導入編と懇親会を開催します。この新たに発足するサブグループは、ビジネス・公共政策、その他幅広いテーマについて英語で討論を行う勉強会です。行事案内や情報交換用にメーリングリストも開設されました。詳しくは次のURLをご覧ください。<http://gaikoku.info/vital>

 12月7日(土)には、コロキウムと恒例の12月パーティーを同日開催です。取り上げる地域は「アフガニスタン」。昨年、現地取材に入っていたジャーナリストをお迎えしてのコロキウム(講演・勉強会)となります。夕方5:00pmからは、恒例の12月パーティー、乞御期待!
<http://geo-g.com>

 さて、今号のGEO Global Magazineの内容のご紹介と行きましょう。今回初登場は、渡辺真帆さん。真帆さんは、コミュニケーション・コーディネーターとしてピースボートで現在世界周航中。ピースボートの船上、そして立ち寄る国々からの体当たりのレポートです。出航早々、荒波にもまれ地獄を見ることになる真帆さん。さてこの後どうなることやら! 連載の始まりです。

小田康之(oda@geo-g.com

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★「ピースボート周航記(1)出航、そして生き地獄からの生還」
渡辺真帆(コミュニケーション・コーディネーター)
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 9月1日にピースボートが晴海埠頭を出航して、早1週間がたとうとしている。“ボーッ”という汽笛の音と共に船は正午ちょうどに快調に走り出し、みるみるうちに岸から見送ってくれた両親の顔も小さくなって行った。デッキの上では興奮した乗船客が歌い、踊り、世界一周旅行への出航をシャンパンで乾杯をした。
 ウクライナ人のクルーに案内されて、早速各自、これから3ヶ月間を過ごす船室に向かう。同室になったのは、船上で英語教師として働くアメリカ人女性二人と、ピースボート事務局長の女性。4人とも全てスタッフという部屋割りになった。

 食事は船内に2つあるレストランで取ることになっており、朝食、昼食、夕食、さらに夜食まで用意してくれるという徹底ぶりだ。日本人シェフの作る食事はどれもこれも味が良くて、とりあえず飢える心配はなさそうだと思い、安心する。その夜は通訳のメンバー揃ってビールで乾杯をし、初日は絶好調のうちに終わった。

 なにやら雲行きが怪しくなってきたのは、二日目に船が神戸港を出てからのことだ。前日に東京から乗ってきた500人ほどの乗客に加わり、更に神戸から200人ほどが乗船した。船はますます賑やかになり、得に若い乗客が多いためか、船内あちらこちらにお祭りムードが漂っている。天気も良いし、ご飯もおいしい。仕事も無事に始まって、船の生活ってなかなか素敵ね?と思い始めた矢先、ふと船の揺れが激しくなって来ていることに気づく。船内アナウンスによると、我々の乗った船は沖縄の先辺りの海上で、台風15号にもろにぶつかると言う。それを回避するための航路をできるだけ取るよう努力するが、それでもかなり揺れがひどくなるだろうと船長は言う。

 こういった大きな船には私は初めて乗ったわけだし、普段から乗り物酔いなどする方ではないので、その不気味なアナウンスを私はその時はかなりお気楽に聞いていた気がする。ところがどっこい、この日からフィリピンに着くまでの約1週間、私は恐ろしい生き地獄を味わうことになる。

 夜ベッドに入って眠ろうとするが、あまりにひどい揺れで眠れない。私の船室はスタッフ用の、お客さんには到底お勧めできないような船のへさきにある船室なので、揺れがもろに伝わってくる。とにかくひどい揺れで、縦揺れ、横揺れ、なんでもありである。台風のために荒れ狂った波は7メートルまで上昇し、波が上がって船にぶつかるたびに“ガガ?ン!”というすごい音と共に振動が伝わってくる。もともと予定されていた航路を取っていたら、船は15メートルの波に呑まれて沈没していたところだったというアナウンスを聞いて、さらにぞっとする。

 しかし、ひどい揺れである。どのくらいの揺れかと言うと、レストランのお皿がテーブルから滑り落ち、ご老人がテーブルのイスから滑り落ち、女の子が廊下の隅で今朝食べたものを全てもどしてしまい、元気な人でも危険なため船内を一人では歩けないような状態である。冗談のような話だが、廊下をなんとか手すりにつかまって必死で歩いていても、ふわっと足が浮いて反対の壁にたたきつけられて怪我をしたり、まっすぐに歩いているはずがいつの間にか転んでしまうと言うような感じなのである。とにかく気持ちが悪い。ご飯を食べるどころではない。船に乗ったことがなく、ちょっと想像がつかない人には、遊園地によくある、パイレーツなどと呼ばれている、あの船の形をして高い所から急スピードで落下する乗り物に24時間連続で乗っている感じを想像して欲しい。はっきし言って、めちゃくちゃ辛い。

 夜をなんとかやりすごそうと努力し、吐き気を抑えて朝ミーティングのためになんとかベッドから這い出す。ミーティングの集合場所に着く手前のトイレで、我慢できずにもどしてしまう。なんとかしなければと思い、昼ご飯におかゆを食べてみるが、ものの30分の間にやはり全てもどしてしまう。こうなるとお手上げである。酔い止めの薬をいくら飲んでも全く効果はなく、何をしても気持ちが悪い。仕事をしなければいけないのに、文字を読むことはおろか、人の話もしっかり聞けなくなってくる。

 そんな状態が3,4日続き、レストランまでも歩けなくなった私は通訳の仲間におかゆを部屋まで運んでもらい、それを半分ほど食べてはまたもどし、ついには吐くものがなくて黄色い胃液を吐き、その合間になんとか体をひきずって仕事場まで行くような日々を送っていた。地獄絵図である。

 そしてついに木曜日、あるレクチャーの同時通訳を終えた瞬間、ついにピークに達したのか、全身しびれと寒気が一気に襲ってきて、体が動かなくなった。部屋まで3人ほどの人に運んでもらい、すぐに看護婦さんと船医さんに来てもらった。80歳を超えている船医の宮崎先生は、私の脈や血圧などせっせと取ったあと、栄養失調状態だった私の腕に点滴を打って、「ま、気を大きい持ってがんばりなさいよぉ?」と言って帰って行った。実に小学校ぶりの点滴である。

 その点滴が効いたのかどうかは定かではないが、翌日から微妙に体調が良くなってきた。なによりフィリピンを目前に控えて、1週間ぶりに陸地に降りられるという嬉しさ一杯である。明日は1週間ぶりの陸だ!フィリピンだ!なにがあっても根性で明日までに元気になってやるぞと、一人ベッドの中で誓うマホであった。

*そんなわけで今週は船酔いに完全にやられた1週間だったのでこんな日記になってしまったが、次回はもうちょっと楽しいお話を聞かせられたら、と思っております。


【筆者プロフィール】
渡辺真帆
神奈川県、横浜市出身。99年秋に渡米。今年5月にサンフランシスコ州立大学、ジャーナリズム学科を卒業後、帰国。在学中から日系新聞社、日米タイムズで英文記者として様々な分野の記事を書く。現在は船で世界一周の旅をするNGO団体、ピースボートの第39回クルーズに通訳スタッフとして乗船しており、洋上で通訳業に奔走する日々を送っている。
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updated:2002.11.01