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スペイン・サンチアゴ巡礼の道
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III. 旅日記から

<< 第1行程 : 10月19,20,21日 - Roncesvalles - Larrasoana - Cizur Menor (50km) >>

(10月19日(火) 晴れ)
21:30[ロンセスバージェス Roncesvalles 出発前夜]
 本を少し読んだ後、Misaにでる。こんな山あいにあんな立派な教会があって、荘厳なMisaがたった4人のために行なわれるなんてとても不思議な気分だった。また巡礼の無事まで祈ってもらってとてもすがすがしいというか、純粋な気持ちになれる夜だった。またこうしたMisaが10世紀から今まで続いてきたことを考え、感慨深く思ったり、ふと「宗教ってなんだ」という素朴な疑問が浮かんだりもした。

(10月20日(水) 晴れのち曇り)
6:30
 起床。思いのほか寒い。小さくていいとはいえもう少しあたたかい寝袋を買うべきだったか。まあいろいろ工夫しよう。しかし暗い。これでは1日8時間、30kmが限界だろう。

7:40
 さあ出発だ。もうあとはつくまで歩き続けるのみ。旅の無事を祈る。

8:40
 朝もやの中をひたすら歩き続ける。朝日を背中に受けて。小鳥のさえずり、教会の鐘の音、ウシのなき声、カウベルの音、犬の吠る音、遠くにはブルトーザーの音も聞こえる。とうとうまた歩き始めた。

11:30
 やっとヴィスカレ Viscarret についた。あまり道もよくないし、歩いているときは自分の足を見ている。ときどき10m先を見る。立ち止まると遠くを見る。巡礼が人生の縮図であるならなぜ歩き続けるのか、なぜ歩き始める、答えをさがすのはとても難しい。

14:15
 下り坂を終え、ズビリア Zubiria のレストランで昼食。足が痛い。道脇に赤白と黄色の道標があるのはとても有り難い。

15:00
 どうしても先のことばかり考えてしまう。道行くひとは皆、巡礼者の扱いには慣れている。挨拶してくれる人もいれば、素っ気無い人もいる。

17:40
 ララソアーニャ Larrasoan~a の救護所につく。今日も一人。ここはすべてそろっている。設備は清潔。あついシャワーも浴びてサイコー。しかし腹を下した。体が冷えたからだ。日射しは強いが、風が冷たいから体がすぐ冷える。これから先、もっと寒くなるから気をつけねば。マメがひとつできた。つぶした方がいいのかなあ。

20:50
 ここの村長さんと話す。早口で話されるとよくわからん。ノートにはここ2, 3 年で5人の日本人の名前があった。

(10月21日(木) 雨→晴れ時々曇り)
8:30
 7時起床。雨が降っていたので雨具の用意などをしていたら出発が遅れた。ララソアーニャをあとにしてぬかるみの中を延々といく。広めの原っぱにいて寝転がる。

9:15
 朝からの雨が止んで陽がさしてきた。まぶしい。草の朝露が光っている。

10:30
 風がやたら冷たい。ポンチョを着ていてよかった。粘土質のぬかるみに足をとられ、やたらつかれた。足が重い。

11:10
 パンプローナ Pamplona の救護所で一休み。なぜかコートが濡れている。背中も冷える。こうしたことには気をつけねば。

17:30
 笑顔とは大切なものだと思った。ただでさえ日本人で人目が気になるのにまして巡礼となるとノ。そんなときたばこ屋の姉ちゃんがやさしく笑いかけてくれると心もなごむ。

18:00
 雨が振り出す前にシスルメノール Cizur Menor の救護所につけてラッキーだった。ここで陽気なブラジル人アレックスと一緒になる。

20:30
 アレックスと夕食。うまかった。やはり話相手がいるのはいい。しかしポルトガル語訛りのスペイン語になりそうだ。アレックスは一度離婚しているが、その別れた彼女と再婚したいのだという。
 救護所の自由帳をみるとやはりなぜ歩き続けるのか、皆考えているようだ。なぜ歩くのか、それを考えるために歩いている。答えはでない。


<ロンセスバージェス近くの道標>

<< 第2行程 : 10月22, 23日 - Cizur Menor - Puente la Reina - Estella (41km) >>

(10月22日(金) 曇り)
7:15
 起床。朝はパンと紅茶。そして昼用にボカディージョ Bocadillo [スペイン風サンドイッチ]をアレックスと作る。

8:20
 歩き始める。刈り入れの終わった茶色の大地、畑の中を延々といく。小さな村を通ると登り。アレックスは少し太っているからペースが遅いようだ。そのうち一人で歩こう。けんかしないうちに。しかし風が冷たい。

11:30
 ウテルガ Uterga の手前の木陰でアレックスとボカディージョを食べる。わらのかたまりに腰掛けて休憩。

13:30
 少し高級そうなレストランに入る。店の人は迷惑そうだ。

15:10
 プエンテラレイナ Puente la Reina の救護所に立ち寄る。サンチアゴの道を取材しているというアメリカの雑誌("Smithonian")記者に写真を撮られた。

18:20
 結局ここに泊まることにした。ここではいろんな巡礼者と話せる。マドリードの大学を卒業したばかりのマノーロはハカ Jaca からきた。スイス人が2人。カタルーニャ[カタロニア]からきた人。みんなこれまでにもいろいろなところを旅行しているらしい。風が予想以上に寒い。防寒対策をしっかりしなければ。今日は18,7km歩いた。少ないが救護所がいつも都合のいいところにあるとも限らないのでしょうがないか。

20:55
 寝るとするか。明日も撮影か?

(10月23日(土) 曇り時々雨)
7:00
 起床。まだ暗い。マッサージをしたのち、朝食。Smithonianの人が写真を撮る。

10:20
 雨の中をアレックスとマノーロと歩き続ける。雨具がよくないのでコートまでぬれる。とても寒い。

16:00
 エステージャ Estella の救護所に着く。思ったよりエステージャは大きい町だ。今はマノーロ、アレックス、ジョルディの4人。鍵が開いていないので管理人を待つことにする。

20:00
 管理人のドン・フェリシアーノと口論するもやっと宿泊許可がおりる。この日は私、アレックス、マノーロ、そしてバルセロナからきたジョルディの4人。ドン・フェリシアーノは言葉はきついが面白い。洗濯をしてくれたり、夕食も作ってくれた。最初は何やら嫌な奴だと思ったがいい奴だった。いろんな笑い話をしてくれたが分からないので黙っていたらなんかいってきた。「なにさっきから黙ってんだ、この日本人は。ハラキリでもしようってのか。」でも小さな折り鶴をプレゼントしたら複雑な顔をした。どうなら喜んでいるようだ。気心は通じるもんだ。
 どうもつかれているとボキャブラリーが少なくなる。エッセンスだけを書いているという感じ。まあいいや。


<ワインとリゾットで夕食>

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updated:2001.7.31