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スペイン・サンチアゴ巡礼の道
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III. 旅日記から

<< 第3行程 : 10月24, 25日 - Estella - Los Arcos - Logron~o (47km) >>

(10月24日(日) 曇り)
7:40
 起床。アレックスのいびきで2回ほど目がさめたが、よく眠れた。

10:30
 イラチェ Irache のワインの泉 Fuente de vino は遺跡かと思っていたら本当にのめた。みんなで大笑い。しかしその近くの教会はうってかわって静寂。祈る。

13:00
 アスケータ Azqueta で婦人に呼びとめられココアとビスケットをごちそうしてもらう。婦人はドン・フェリシアーノの親戚だという。とてもやさしい。

15:15
 畑の中で食事。風がやたら冷たい。

16:50
 ロスアルコス Los Arcos の救護所に着く。ここはガイドブックにはひどいところだと書いてあったが温水もでるし毛布もある。いうことなしだ。でも足がいたい。見るとマメが複雑な形になっている。

17:30
 町の教会へ。ここの教会はバロック形式。どんな小さい町にも立派な教会があるのはサンチアゴの道だからだろうか。
アレックスは明日で旅を終え、ブラジルに帰るという。彼女とよりが戻せるといいが。

21:00
 あんまり書くことがないなあ。ただ歩くのみだ。

(10月25日(月) 晴れ)
9:50
 畑の中を延々と歩き続けて今はサンソル Sansol の教会の前。閉まってる。今日はいい天気で小鳥もさえずっている。

11:35
 松林にて休憩。止まると足がいたいのであまり休憩はしない。一日3, 4回というところか。

13:00
 ビアナ Viana のレストランにつく。スペインの町や村は皆、昼間は死んだように静かだ。ただ巡礼者の杖の音だけが響いている。

17:00
 救護所につく。ここは新しく300ペセタ[約240円]では安いぐらいだ。

21:00
 洗濯ものが乾かない。グループで行動するのは煩わしい気もする。一人でもいけるよ、俺は。とこんなことを書くのは腹がへっているせいだ。病院にいってタダで足のマメを診てもらう。だがマメなんざどうにも治しようがない。せいぜい待つしかないがどうにもズキズキする。しかし腹がへった。アレックスがつくってくれるのはいいが、レストランで適当に食べてもいいんだ。そこらへんが一緒に旅することのむずかしさだ。

22:00
 アレックス、ジョルディ、マノーロ、管理人夫婦、私の6 人で夕食。アレックスの作ってくれた夕食はとてもおいしかった。全く俺って奴はどうしてこう利己的なんだか。全く嫌になる。だがなんだかこうして少しづつ浄化されていくような気もする。足を修理したらそろそろ寝よう。

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(10月26日(火) 曇り)
8:30
 出発。アレックスとお別れ。たった5日間だったが面白かった。出会いと別れ、正に人生の縮図だ。

11:30
 3時間歩いた後、ナバレーテ Navarreteに着く。ここは至る所で工事をしてる。バルが一軒もない変な町だ。昼めしはパンだけということになりそうだ。

14:25
 今日は久しぶりに青空がでてラッキーだ。しかし道路を歩くことが多く退屈だ。おまけにトラックの風にあおられてさんざんだ。マノーロは先にいってしまった。俺も歩くのは速い方だが、足の痛さと疲れがピークに達している今はそう速くは歩けない。おまけに腹もへった。水も飲み干した。まああと一時間位で着くからいいとしよう。

16:00
 ナヘラ Na'jera 到着。リオハ Rioja 地方に入ると落書きなんかが多くなり、矢印などが減ってシンプルになった。人はあまり笑顔を見せない。緑が多くなり、街が少し街らしい。

19:30
 救護所到着後、シャワーを浴びて、管理人の方にマメを治療してもらう。明日の食料なんかを買って、街中のバル[飲み屋のこと。]で生ビールとワインをのむ。昼間は静かなのに夜は元気。バルには人が溢れ、子供もバルの中でそれが当たり前のように騒いでいる。あースペインにいるんだなぁ、と思う。
 しかしこうした形で歴史の道が生きて今に続いているということはすばらしいことだと思う。どうにか東海道もよみがえらないものか。部分的に昔の面影を残した道はあるが続いてはいない。
 今日は絵はがきを書こう。

(10月27日(水) 晴れ)
10:00
 遅い出発。マノーロ、ジョルディと一緒にここの修道院を見にいった。西洋の根底に流れるものを見ている気がした。経済大国とはいえ小さい島国にはないものがある。石の聖堂がやたら重く感じた。静寂が重く感じた。宗教ってのはやたら奥が深くてこれだからコワい。

12:10
 アソフラ Azofra の教会にてしばし休憩。今日はいい天気で暑い。コートを脱ぐ。足もだんだんよくなってきてるようだ。自分のしているのは宗教的な巡礼なのだろうか。

14:30
 畑の中の木かげで休憩。ここはオアシスのようだ。木の根っ子がいい具合に配置されていて興味深い。風が冷たい。強くなってきた。巡礼の本質とは歩くこと、そしてその過程だ。

16:50
 サントドミンゴ Santo Domingo の救護所に到着。とてもいい雰囲気だし。さいこーの旅。リオハの田園風景もよかった。

19:10
 とても静かだ。シャワーは浴びたし、洗濯もした。あとは夕食まですることは...あった、が、まあいいや、少しゆっくりしよう。あ、足も治さなきゃ。洗濯ものが乾くといいが。いろいろすることはあるんだが旅に浸ってしまう。郵便局が閉まっていてなかなか手紙を出せない。

(10月28日(木) 曇り後雨)
9:20
 今日は寒い。洗濯ものも乾かなかった。しかし足の痛みはひけてきている。いいことだ。

12:40
 途中から雨が降ってきた。寒いし、国道をずっと歩くものだから退屈だ。

14:50
 国道沿いのレストランにて昼食。こうして記録を書かなければここで牛舌の料理を食べたことも忘れてしまう。霧のような雨が降り続く。

17:30
 ベロラド Belorado の救護所に到着。ここはとてもいい。昔、劇場だったところを改築したのだそうだ。歌でも歌おうか。寒いがこんなところに止まれるチャンスはそうない。

22:10
 上を向いて歩こうメをマノーロとジョルディの前で歌う。評判は上々だ。おかげで皿を洗わずにすんだ。


<ベロラドの救護所でくつろぐマノーロとジョルディ>

<< 第5行程 : 10月29, 30日 - Belorado - San Juan de Ortega -Burgos (48km) >>

(10月29日(金) 晴れ)
8:00
 今日で10日目。すでにこれが日常。200kmちょっと歩いた。

11:00
 9時半出発。今日はいい天気。ビジャンビスティア Villambistia の泉で休憩。水は命。

13:00
 ビジャフランカ Villafranca のバルで食事。今日は天気がいいので気持ちいいが、汗の処理に気を付けなければいけない。

17:45
 サンフアン・デ・オルテガ San Juan de Ortega の救護所に到着。修道院に隣接している。ここは修道院とバルと家が2, 3軒の小さな集落。

19:25
 バルの暖炉で暖をとる。とてもあたたかい。腹がへったら食事をとり、寒くなったら火にあたり、つかれたらねる。朝起きてまた歩きだす。これが日常。しかしいつもの日常とはちがう。しかし違和感がない。それがヘンだ。

22:10
 修道院の人にスープをごちそうになる。しかしよく議論する人々だ。8時半から食べ始めてマノーロとジョルディとその人3人で延々1時間半話していた。ギロンしていた。日本人も少しは見習った方がいいのかも。
 月がきれいだ。辺りは霧が立ちこめていた。おぼろ月夜だ。10m先の木がゆらいでみえた。霧が月明かりにてらされていた。きれいだった。しばらくそのままいたかったが今日は早くねたい。

(10月30日(土) 曇り)
8:10
 マノーロは父親と会うために先に出発した。今日は霧が深い。大丈夫だろうか。俺達もそろそろ出発だ。今日で残り500kmをきるし、全体の3分の1を終える。

10:50
 霧の中を歩き続けて2時間半。やっと集落につく。30m先は霧で見えないところもあったが幻想的な風景だった。

14:00
 やっとブルゴスについてゆっくり食事。マノーロにもカテドラルの前で会う。徒歩旅行者にとって都市は便利だがいいところではない。孤独を感じさせるからだ。まあたまには都会の空気を吸うのもいいや。

17:15
 絵はがきを買ったり、両替しようと思ったら、もう土曜の午後。何もできない。でもカテドラルはきれいだった。ああゆうものにこそバロック音楽なんかが似合うんだなあと思う。
さて4時頃にここ救護所につく3日振りにシャワーを浴びる。さいこー。でもベッドに水をこぼしたり、今日は水に祟られている。洗濯物はやっと乾きそうだ。

20:40
 街の中を久しぶりに一人で歩いた。はじめは自由な空気が吸えてよかったと思った。しかし腹がへってつかれてくるとだんだんすさんできた。こうなると俺はただのつんけんした男になる。よくないことだ。明日はどこまでいけるだろうか。


<干しピーマン>

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updated:2001.7.31