3.道、橋、標識、救護所
i) 道
実際に現在の巡礼者の歩く「サンチアゴの道」とはどのような道なのであろうか。スペインは他の先進諸国同様、車社会であり国内の道路網は整備され状態も極めてよい。列車の旅も悪くはないがスペインの国鉄はサービスの悪いことで有名で、国内の移動はバスが主である。実際、ロンセスバジェスからサンチアゴまでも国道が通っており、急げば一日でつくだろう。
サンチアゴの道はこの国道に沿ってつかず離れずと言った具合に通っている。だが国道を歩くことは稀である。全体の一割あったかどうかだと思う。舗装された道もあまりなく、昔からの自然の道である。獣道、山道、ローマ人のつくった石畳の道、畑のなかを行く農道、牧草地のなかを羊や牛、馬と一緒になったこともあった。雨の翌日などは道がぬかるんで片足に1キロ位ずつ泥をつけて歩くときもあった。
しかし舗装されていないからといって整備されていないということではない。国道は歩行者にとっては危険であり、あまり良いことはない。大型トラックが通り過ぎる度にその風にあおられる。舗装された道路は車のタイヤには都合がいいかもしれないが歩くものにとっては足を痛めやすい。行き交う車のなかには陽気に声をかけてくれる人もいるが大抵は奇異な目でこちらを見る。景色には変化がなく歩いていて退屈この上ない。昔の道をありのままで残しておくこと、これが一番巡礼者にとってありがたいことなのである。
勿論、今ある道が昔の道と全く同じではないだろう。何ケ所かローマ時代につくられ、中世に巡礼者が通った道も残っているが、道の移り変わりは激しく、当時の道路事情を詳しく知ることは困難である。
私はエル・パイス誌発行の詳細なガイドブックを持って歩いていたが、時には標識を見落とし道を間違えることもあった。
1985年、サンチアゴの道はEC委員会によって「ヨーロッパ文化の第一行程」と認定された。これを受けてナバーラ州政府はサンチアゴの道の保護条例を制定、車・バイクの乗り入れを禁止し、30m以内の建築物に対して制限を課した。
文化財を大切にしようという州政府の措置は意義のあることだと思う。が、一番大事なのはそこを歩く巡礼者たちのマナーでありモラルである。路傍にミネラルウォーターのペットボトルが散乱しているのをよく見かけたが、それでは折角の保護条例の効果も薄れてしまう。
ii) 橋
「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川」
日本でもこうした歌に歌われているように急流や大水の出る川は交通の難所だった。峠であれば体力にまかせて強行軍もできようが、増水した川となるとそうもいかず、旅人は天を仰ぐ。
こうしたことはサンチアゴの道でも同様だったらしい。それが故に川に橋を架けることはこの上なき慈善の行いとされ、これを実現した者には聖人位が授けられたということである。そうして架けられた橋は今も残っていて当時の面影を偲ばせている。プエンテラレイナ Puente la Reina やプエンテデオルビゴ Puente de Orbigo などがその代表である。
<プエンテラレイナ> <プエンテデオルビゴ>
iii) 標識
前述の私が携帯したガイドブックはとても役に立った。だが、それ以上に私達を助けてくれたのが、道沿いの各種標識である。標識は分かれ道や迷いやすいところには大抵あり、進むべき道を示してくれる。各地方によって特徴があり、なかには不案内なところもあったが、全体としてみればよく整備されていた。もっと廃れているのかと思ったので嬉しい誤算であった。
標識には主に次のようなものがある。こうした標識、特に黄色い矢印が巡礼者をサンチアゴ・デ・コンポステーラまで導いてくれるといっても過言ではない。
(a) 石柱:主要な分かれ道などにあり、上部にはホタテ貝がデザインされている。大抵その貝が道の方向を示している。地方毎にデザインが多少異なる。
(b) 看板:ホタテ貝と巡礼者をデザインしたものが主である。やはり地方によって違いがある。ガリシアの案内板は大きく、道順と距離が示されていて分かりやすい。
( c)矢印:壁や木にペンキで描かれている。黄色がほとんどだが、まれに赤、白、青、緑もあった。霧で迷いそうになった時には地面に石を並べて作った大きな矢印に助けられた。
iv) 救護所
「スペインの安宿でも一泊1,500ペセタとすれば30日で最低でも4,500ペセタ(36,000円)か。」出発前、旅の予算を見積っていたとき宿泊費にはかなりかけねばならないだろうと考えていた。が、果たして27日間の旅で宿泊費に費やした額はわずかに5,300ペセタ[約4,240円]であった。これは総費用の一割にも満たない。
なぜこんなに安く(一泊平均157円)すんだのかといえばサンチアゴの道には巡礼者をほとんどタダ同然で泊めてくれる救護所 refugio が数多くあるからである。私はレオンで体調を崩して安ホテルに泊まった一泊を除いて全てこうした救護所に泊まることができた。
救護所には町や村が管理する公営のものと教会や修道院が管理するものの2種類がある。またまれに個人が管理する救護所もある。建物は新築の鉄筋コンクリート4階建、冷暖房完備の豪華なものからドアもなく、屋根には穴も開いていて今にも崩れそうなものまで様々である。が大抵一泊するだけなら何ら不便のないような設備が整っている。基本的な設備としてはベッド(毛布がある場合もあるが寝袋は必需品である)、トイレとシャワー(お湯の量には限りがある)、そしてキッチンがついている。
新築の救護所などでは宿泊料として300ペセタ(240円)をとるところもあるが、基本的には証明書を持った巡礼者であれば無料である。だが維持費の寄付を求める箱が大抵のところにおいてある。
修道院の方や観光案内所の人、そして近所の人が管理をまかされていて鍵を開けてくれたあと証明書にスタンプを押してくれる。サンチアゴの道にまつわる話をしてくれたりこの人たちとの交流が思わぬ旅のアクセントとなる。また個性的な救護所も多く、その日泊まる救護所を道すがら仲間と話すのは旅の楽しみの一つである。
エル・パイス社発行のガイドブックによればスペイン国内のサンチアゴの道には80の救護所がある。日本で読んだ参考文献には救護所を過去の遺跡かなにかのように記述してあった。が、それは違う。救護所は現在のものであり、今も巡礼者を(暖房施設のあるところは少ないが)あたたかく迎えてくれる。
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