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メルマガ/vol.12
2001.12.11
Contents

(1)「タイの演劇、政治、料理(?) をめぐる雑感」
  笹川 秀夫(日本学術振興会特別研究員)
(2)「ネットに見る米国のクリスマス商戦」
  小田 康之 (GEO Global代表 在サンフランシスコ

 サンフランシスコの小田です。

 いやあ、恐ろしい勢いでウイルスが蔓延してますねえ。ネット上のウイルスのことです。私のところにも毎日数10通はウイルスメールが届きます。幸い感染はしておりませんが、削除するだけでもイライラ。皆さんもご苦労されているのではないでしょうか。

 さて本号のエッセーのご紹介。まずは、おなじみ笹川秀夫さん。多言語を駆使して活躍されている、カンボジアがご専門の新進気鋭研究者です。本当は資料調査でフランスに行くはずだったのが、ひょんなことから向かったタイとカンボジアから、タイの芝居に込められた政治性の高さを考察。ついでに見かけた日本語メニューが...。これじゃあ、食べたくないよなあ。

2本目は、サンフランシスコ発の拙文。感謝祭も終わりホリデーシーズンに突入した米国。「ブラックフライデー」を皮切りにクリスマス商戦が本格的にスタートしました。街じゅうが赤と緑の装いに包まれる中、インターネットでも繰り広げられるクリスマス商戦について観察してみました。今年はちょっと違うかも。

小田康之(oda@geo-g.com

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★「タイの演劇、政治、料理(?)をめぐる雑感」
  笹川 秀夫(日本学術振興会特別研究員)
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 たとえことばが分からなくても、演劇や踊りといった舞台芸術に心を動かされること、ありますよね。ふつうなら、その美しさに心を打たれたとかってことになるのでしょうか。しかし、美しいと感じるのは主観であって、主観を記述しても感想文にしかならないなどと、ヘソ曲がりなぼくは考えてしまいます。では、そんなヘソ曲がりなぼくが今回は何に心を動かされたかというと、タイで見たお芝居に込められた政治性の高さについてです。

▼フランスで資料収集のはずが、タイとカンボジアに

 メールマガジンにもあれこれ投稿させてもらってきましたが、10月にカンボジアで1ヶ月調査を行ない、11月上旬バンコクに数泊して帰国しました。11月末からはフランスで資料集めといううつもりが、南仏エクサンプロヴァンスにある公文書館のウェッブ・サイトを見たところ、「スト中につき、混乱しています。開いているかどうか、毎朝9時半に電話せよ」とのこと。政権交代を期に、文化行政担当者への締め付けが始まって云々というのが理由のようです。

 これはフランスへ行っても無駄だということで、2−3月に行く(来る)予定だったタイとカンボジアでの調査を先にしました。ということで、11月25日、20日前に発ったばかりのバンコクに着。われながら何をやっているんだと思わなくもないですが、深くは考えないようにしましょう。

 カンボジアに入る前に、タイでの調査期間を2週間ほど作り、中部タイと東北タイをあちこち回ってきました。その間、移動の基点にしたバンコクで見たお芝居が、問題の政治劇です。

▼ラーマ6世と現在のタイ人のカンボジア観が反映する芝居

 12月2日、国立博物館内のステージでラーマ6世王作のお芝居をやるというので、出かけてきました。なんか宮廷物らしいなあと見ていたら、なんと、アンコールの侵略からスコータイを守るというのが劇の筋です。これは、カンボジアを専門にする者としては、分析的に観劇せざるをえません。どの辺が分析のポイントかといえば、ラーマ6世のカンボジア観と現在のタイ人のカンボジア観がどのように反映されているかという点になるでしょう。しかし、この両者がなかなか截然とは区別しがたい。ラーマ6世の脚本と現在の脚本を比較して、どんな変更が加えられているかなんてことを論じた研究でもあればいいのですが、そういったものにはお目にかかったことがありません。面白い研究テーマだろうとは思うんですが。

 ともかくも、ぼくが見たお芝居のなかで、クメール人がどのように描写されていたかに関して、気になった点をいくつか記します。

 スコータイとアンコールの戦争が題材なので、アンコール側のクメール人の兵隊が登場します。そのクメール兵が着ているベストに、今日のカンボジアでも目にするような護符が描かれているんですが、よく見ると、クメール文字およびクメール文字風の文字が書かれています。また、クメール軍の将軍がスコータイにスパイとして潜り込むものの、身元がバレたため、呪術でスコータイ兵を眠らせて脱出するという場面も
ありました。

 これら護符や呪術というのは、ラーマ6世当時よりむしろ現在のタイにおけるカンボジア観に由来するだろうと思います。今日タイでは、教理教典に基づくものだけがまともな宗教で、護符、お守り、呪術、降霊術なんてのは迷信であり、無知蒙昧な大衆がだまされているだけだという宗教観が都市部を中心にどんどん広まっていると聞きます。さらに、こうした宗教観は国内に対してだけでなく、隣国カンボジアに対しても適用可能ということのようで、カンボジアの仏教は呪術性が強いから遅れているなどと、既存のカンボジア蔑視と結びついているらしい。お芝居に登場したクメール兵の描写も、こうしたカンボジアに対するタイ側の一方的な見方との関連で理解すべきでしょう。

夕暮れのバンコクは国立博物館内の仮説ステージにて、ラーマ6世作のお芝居が始まりました。
スコータイに忍び込んだアンコールの兵士が捕まった場面。台詞は全てタイ語ですが、衣装の違いでスコータイの兵士かアンコールの兵士か判別できるようになっています。ぼくが聞き取れる範囲のタイ語でも、「お前は何人だ?」「タイ人だ」「クメール人だ」といった会話がたくさん出てきて、なんだかとっても政治的と感じさせられました。
アンコールに潜入したスコータイ兵は、偽装がバレて捕まってしまいました。そして、お坊さんが出てきて、助けられるという場面だと思います。
アンコールの兵士の服装をして、これからスコータイ軍の兵士がアンコールに忍び込むぞという場面です。
最後は、クメール兵が行進して退場し、お芝居の幕が下りました。このあと、タイの王室歌の演奏があります。観客も全員、直立不動で聴かねばなりません。

▼芝居の中で融合する2つのナショナリズム

 では、タイ人のお客さんたちは、こんな分析的な観劇をしたかというと無論そんなはずはなく、素直に今日のタイという国民国家とスコータイとを重ねあわせたはずです。

 そもそも 100年近く前、当時は皇太子だったラーマ6世がこんなお芝居を作ったこと自体が、ナショナリズムの高揚を目的としていました。ラーマ5世、ラーマ6世の治世(それぞれ、日本の明治時代と大正時代にほぼ相当します)は、国王自身による上からの近代化と国民統合が進められた時代です。しかし、1932年の立憲革命を経て、30年代末からのピブーン政権下では、国民レベルでの西洋化、近代化が模索され、国王が国民統合の象徴とされることはなくなりました。その後、50年代末からのサリット政権以降は、ピブーン政権期とは異なる国民統合のあり方を目指したことにより、国王の権威が政治的に高められることになりました。その結果、ラーマ6世による上からのナショナリズムと、現在のタイにおけるナショナリズムが、このお芝居のもつ政治性のなかで融合することになったわけです。

 では、このお芝居は頻繁に上演される演目なのかどうかが、次なる疑問として浮かびます。上演されたのが12月2日、それにつづく12月5日は国王誕生日で、ナショナリズムが刺激される時期だからこのお芝居が選ばれたのかとも考えました。でも、タイ教育省芸術局が発行した舞台芸術のスケジュールに関する小冊子を見ると、11月にアユタヤでもこの演目が上演されたことが知られます。どうやら最近のタイでは、年中ナショナリズムが高揚しているらしい。

▼「ポストモダン」の解釈

 年中高揚するナショナリズムとの関連ということでは、今年タイで大ヒットした『シースリヨータイ』という映画が想起されます。こちらは、ビルマ軍の侵攻からアユタヤを守った王女様を主人公とするお話。いうまでもなく、観客はアユタヤを今日のタイと重ねあわせることで感情移入するという作りです。残念ながらぼくは劇場公開を見逃してしまったのですが、タイを専門にしている友人によると、「お前、ハーフだろー」という俳優も出演していたりして、突っ込みどころのたくさんある映画だったそうな。

 「ポストモダン」なんてことが言われるようになって、ずいぶん経ちます。これは、近代という時代はもう終わったと解釈すべきではなく、国民、国家、国境などという近代が創り出し、かつ自明のこととしてきた前提が疑われる時代になったと解釈すべきことのようです。日本には日本人が住み、みんな日本語を話すという前提をもはや信じ続けることはできないというのは、日本にいても感じますよね。どうやら、タイでも同様の状況が進行しているのではないでしょうか。自明とされてきた前提が揺らぐことへの不安から、ナショナリズムを刺激するような映画やお芝居が流行するように思えてなりません。そうしたナショナリズムが、新たな差別意識や歪んだ歴史観を生むのなら、決して歓迎すべき傾向とは言いがたいですが。

▼せっかくの日本語のメニューが

 さて、上記のお芝居以外で今回印象に残ったものとして、外国人旅行者が多く集まる地区の食堂にあったメニューがあります。日本人観光客向けに日本語が併記されていて、そこに「トム・ヤム・クソ」とあるのを見かけました。惜しい、最後の最後で・・・。さすがに、注文する気にはなれません。

 日本語をメニューに書くこと自体は、企業努力として評価すべきであって、非難しようとは思いません。日本語はもちろん、英語すらなかなか通じない昔のタイを懐かしむなどという無駄な行為をする気は毛頭ありません。タイ人が望めばタイは変わるし、タイ人が望まなくてもタイは変わります。何が変わったのか、どんな力が働いて変わったのかを観察し、可能ならば記述すること、それがわれわれ観察者のなすべきことだと考えます。だから、日本語を書こうという努力は認めましょう。でも、さすがに「トム・ヤム・クソ」はマズい(不味い)と思う。どうせ書くなら、もう少し頑張れ。

【筆者プロフィール】
日本学術振興会特別研究員。GEOでは、次のコロキウムのゲストスピーカーを務める。
●GEO 1997年10月 第19回コロキウム「カンボジア文化」
GEOウェブサイトで公開している最近のエッセー
アンコール遺跡は「発見」されたか?

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★「ネットに見る米国のクリスマス商戦」
小田康之(GEO Global代表 在サンフランシスコ)oda@geo-g.com
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 サンフランシスコの街なかは、ホリデーシーズンの始まりで活気に満ちている。赤と緑のクリスマスカラーの装飾が美しい。クリスマスツリー用の木の販売も活況を呈しているようだ。

 米国人は、クリスマスツリー用に根元からカットした生きた木を毎年買って家に飾る人が多い。ツリーは、ご存知の通りモミの木 "fir" が中心。モミの木は、モミの木でも、Noble Firだとか Douglas Fir だとかいろいろな種類があるんですね。これまであまり気にしたことがありませんでしたが。

▼ブラックフライデーから始まるホリデーシーズン

 11月の第4木曜日にあたるサンクスギビングの翌金曜日は、小売業の世界では「ブラック・フライデー」と呼ばれる。「ブラック」というと、大恐慌の始まりを告げた1929年の「ブラック・サーズデー」(暗黒の木曜日)や1987年10月19日株式市場暴落の「ブラック・マンデー」(暗黒の月曜日)などを思い浮かべてしまうが、「ブラック・フライデー」の「ブラック」は、ちょっと違う。「暗黒」ではなくて、客が押し寄せて店が「黒字」になるホリデーシーズンの始まりということだ。

 このブラック・フライデーを始まりとしたサンクスギビング後の週末には、多くのアメリカ人は買い物に忙しい。クリスマスの飾り付けやら、プレゼントやらを買い求める人で、ショッピングモールや小売店は、どこもごったがえす。サンフランシスコもご多分に漏れず、街中の店は人であふれかえっていた。

 そんな中でも、今年特に賑わいを見せているのは、ディスカウントを売り物にしている店だ。景気の落ち込みと先行きの不透明感が多いに影響しているのだろう。

▼今年はちょっと違うネット上のクリスマス商戦

 街なかだけではなく、ネット上でのクリスマス商戦の火蓋も切って落とされている。ただその中身は、ちょっと今までとは違うようだ。

 昨年のクリスマス商戦で注目を集めていたおもちゃのオンライン小売店eToysは、今年の始めに潰れてしまった。ところが、eToysのサイトにアクセスしてみると、ちゃんとおもちゃを販売している。これはどういうことかというと、ネット専業だったeToysは、営業停止後、全米に展開している小売店KB Toysに買収され、そのオンライン部門となっているのだ。eToysが築いたウェブ上のブランドを受け継いでいる。以前のeToy
sのウェブ上の機能も復活させて、既存の顧客もそっくりそのまま受け継ごうとしている様子だ。

▼インターフェースの多機能化

 オフライン店舗を持つ小売店も、ウェブ上での販売に知恵を絞っている。

 皮のバッグで有名なCoachは、クリスマスぎりぎりにくる買い物客向けに、ウェブ上にE-Giftという機能を追加した。これは、商品が発送される前に、即座に電子メールで相手にプレゼントの内容が、写真や製品説明とともに届くというもの。うっかりプレゼントを買い忘れたり、ぎりぎりまで仕事が立て込んで手が離せなくなったりしても、これならクリスマス直前にでもウェブから注文すれば大丈夫、という便利な機能
だ。

 想像に難くないが、アパレル関係はオンラインでの販売が難しい。着慣れたブランドでもない限り、実際に試着してみないと自分にあうサイズやスタイルが分からないからだ。そんな問題を解消するため、カタログ販売を中心とするアパレル小売のLands' Endは、ウェブ上でMy Virtual Modelという機能を実現している。これは、身長、体重、体型、肩幅、顔形、髪型などを設定することによって、自分用の仮想のモデルをつくり、表示することができる。これによって、自分に合うサイズやスタイルの服をウェブ上で選ぶことができるようになっているのだ。

▼さらに進むオンラインとオフラインの提携

 ネットの世界で、小売ウェブサイトとして圧倒的なブランド力を持っているのは、やはりAmazon.comだ。Jupiter Media Metrixの調査によると、今年のホリデーシーズンの始まりであるサンクスギビングの週には、Amazon.comに1日平均227万のユニークビジターのトラフィックがあった。これは、全米に展開する主なオフライン小売チェーンの小売ウェブサイト(Walmart.comなど)の実に5倍以上の数字だ。

 このトラフィックの差が物語るように、既存のオフライン店舗は、オンラインでの販売はネット専業の業者にアウトソースする傾向も顕著になっている。おもちゃ小売チェーンのToysrusに始まり、電化製品チェーンのCircuit Cityや総合小売チェーンのTargetなど、続々とAmazon.comと提携している。各社がそれぞれオンラインショップを運営するよりも、はるかにトラフィックが大きく、ウェブ上のマーケティングに経験豊富なAmazon.comに任せたほうが、効率がよいからだ。

 全米第2の書籍チェーンであるBordersも書籍販売の競合であったAmazonと提携し、今年の8月から共同ブランドのウェブサイトで販売をおこなっている。Bordersは、自社サイトとして単独で運営していた時には膨大な赤字を垂れ流していたが、Amazon.comにアウトソースすることによって、既に黒字化しているという。

 このように、インターフェースの多機能化、オンラインとオフラインの提携などで迎えた今年のクリスマス商戦であるが、その出足は好調のようである。さて、このままの調子を維持してゴールに駆け込むことができるのか。気になる景気の行方を左右するだけに、ハラハラしながら皆、注目しているところだ。

【筆者プロフィール】
下記のサイトをご覧ください。
http://yasuoda.com

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updated:2002.05.02