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メルマガ/vol.15
2002.2.10 |
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Contents
(1)「商品化される中国らしさ(2)カンボジアの場合のはずが……」 |
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みなさん、こんにちは。サンフランシスコの小田です。
前号の配信からずいぶんと時間がたち、オリンピックまで始まってしまいました。どうも申し訳ありません。 さて、今回のGEO Global Magazineでお届けするのは、東南アジアを中心とした2本のエッセーです。 まず最初は、前号の「商品化される中国らしさ」の続きの笹川秀夫さん。タイやカンボジアの街中を観察してみると、グローバル化とそれにともなうグローバルなもののローカル化が見えてきます。バンコクの"Oishi Ramen"のラーメンの味の持つ意味とは。 2本目は、シンガポールの勝間田弘さん。映画「戦場にかける橋」で描かれたことでも有名な泰緬鉄道についてのお話です。灼熱の太陽の下で切り開かれた泰緬鉄道とは。 小田康之(oda@geo-g.com) |
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────────────────────────────────────── ★「商品化される中国らしさ(2)カンボジアの場合のはずが……」 笹川 秀夫(日本学術振興会特別研究員) ────────────────────────────────────── 1月中旬で調査と資料集めを終え、すでに帰国してしまいましたが、「つづく」と予告したからには続きを書きましょう。ひき続き、チャイナ・ドールズの話からです。 ▼コピーされたりもします(いろんな意味で) 今回の渡航中、カンボジアのテレビの歌番組を見ていたら、女性歌手がチャイナ・ドールズの曲をカンボジア語訳してカヴァーしているのを目にしました。カヴァーされるほどに、カンボジアでもチャイナ・ドールズの曲が聴かれていることは確かです。でも、タイ語版からコピーしたのか、中国語版からコピーしたのかは、定かではありません。カンボジアの学生たちがタイのポップスを好んで聴いていることやなんかを考え合わせると、おそらくタイ語版からでしょう。 ここで「おそらく」と留保せざるをえないのは、現在のプノンペンではタイのCD(および、その海賊版)だけでなく、台湾や香港のCD(および、その海賊版)も売っているからです。台湾でレコーディングされたチャイナ・ドールズのCD(の海賊版?)や、彼女たちのプロモーション・ビデオを収めるVCD(MTVで放送したのを、勝手にCDに焼いてしまったとおぼしきシロモノ)も、プノンペンで店頭に並んでいるのを見かけました。もちろん、これらの海賊版を買ったり、日本に持ちかえったりすれば、著作権法に抵触します。だから、ぼくがこうした海賊版の購入に手を染めているかどうかは、ヒ、ミ、ツ。 パソコンでCDが簡単に焼けるようになって、CDの値段はずいぶんと安くなりました。カンボジアなら1枚2ドルないし2ドル半、タイだと本物の新譜が150バーツ(約450円)、屋台で売っている海賊版が80〜90バーツ(240〜270円)といったところです。この値段なら、カンボジア人の学生が台湾や香港で作られたCDを買うことも可能です。でも、これら中国語の歌のCDを買う顧客が誰かといえば、まずは中国系住民だろうと思います。中国系住民だけを相手にして商売が成り立つくらい、現在のプノンペンには中国や台湾からの移民が数多く居住しています。 ▼中国そのもの、はじめました もともとカンボジアで中国系住民といえば、タイと同じく潮州出身者が多数を占めていました。けれども、内戦が終わり、90年代半ばになると、中国や台湾、さらには東南アジア諸国の中国系の人々が、カンボジアの都市部に多数移住するようになりました。 ぼくがプノンペンで常宿にしている安ホテルは、こうした新たな移民が開いた中華料理屋が軒を並べている地区にあります。中央市場(カンボジア語では「プサー・トゥメイ」)の周辺なんですが、植民地時代の地図を見ると「カルティエ・シノワ」と書いてあって、もともと中国系の人がたくさん住んでいた地区のようです。 90年代前半、もしくはそれ以前から営業しているレストランでは、中華料理と一緒にカンボジア料理も出していたりして、中華料理も味がカンボジア化しています。一方、上記の地区に新たに参入した中華料理屋では、中国そのまま、台湾そのままの味を提供しています。値段も安いので、中国そのまま、台湾そのままの店に足しげく通ってしまい、プノンペンでカンボジア料理を食べる機会があまりありません。 さて、プノンペンではネズミが出たりする安宿に泊まっているわけですが、安宿とはいえケーブル・テレビに加入しているらしく、40を超えるチャンネルのテレビ放送が見られます。そして、中国系の住民の増加と関係があるのか、中国語の放送が多いように思います。台湾のが5〜6局、中国のが2〜3局、そのほかに香港発信のチャンネルも複数あります。 そのうちのひとつ、香港発のスポーツチャンネルでNBAの中継を見ていたら、ワシントン・ウィザーズ対オーランド・マジックの試合を「巫師 vs 魔術」として放送していました。片や神さまが憑依した状態でバスケをし、もう一方は形勢不利と見るや魔法を使う、そんな恐ろしい試合になりそうです。 プノンペン滞在中はいつも、インターネット屋でメールのやり取りをしています。今回の渡航中に入った店では、中国語版のウィンドウズが載ったパソコンが置いてありました。コンピューター用語をどう訳しているのか知りたくて、コントロール・パネル(「控制台」)を開いたら、マウスが「滑鼠」となっていました。日本語訳は「すべるネズミ」とすべきでしょうが、「なめらかネズミ」という訳の方が、語感が良くて気に入っています。 ということで、カンボジア化していない中華料理を食べ、中国語の音楽を聴き、中国語のテレビを見て、中国語版のコンピューターを扱う人々が、現在のプノンペンには数多くいます。そうした人々が売ったり買ったりしているのは、中国らしさというより、中国そのものだといえるでしょう。 ん、待てよ、本稿のタイトルは「商品化される中国らしさ」だったはずだ。まあいいや、細かいことは気にせず、次に行きましょう。 ▼日本らしさの売れゆきは?(1)カンボジアの場合 中国らしさから話が逸れてしまいました。話を元に戻すかと思いきや、もっと逸れます。中国らしさや中国そのものの売られかたを検討してきたので、次は日本らしさが売られているかどうかを見てみましょう。 日本の大衆文化が世界各地に伝播していることは、日本でもしばしば報道されるようになり、みなさまご存知だろうと思います。ただしカンボジアの場合、東南アジアの他地域と比較して、それほど日本の大衆文化の影響が強いとは思えません。大衆文化というのは商品として流通するものだから、浸透の度合いは購買力やなんかと関係があるのでしょう。 でも、カンボジアのテレビで、日本のアニメを吹き替えて放送しているのを目にしたりもします。以前、「セーラームーン」(「セーラームーンR」だったかも。どっちでもいいや)を放送しているのを見かけました. カンボジアで放送されるアニメやドラマ(タイの連ドラをカンボジア語に吹き替えたのをよく見かけます)には、特徴的な点がひとつあります。それは、ヒロインの女性がやたらと甲高い声で話すこと。これは、カンボジアの演劇に由来する方法のようです。悪役の女性の場合は、こうした甲高い声は出しません。 ご存知「セーラームーン」には、女の子の登場人物が複数出てきます。そして、カンボジア語版では、彼女たちがおしなべて甲高いキンキンした声で話していました。聞いていると頭が痛くなって、何をしゃべっているのか聞き取ろうという気になれません。とはいえ、「月にかわって、おしおきよ」とかって台詞をカンボジア語で言っているであろうことは想像に難くないので、聞き取れなくても一向にかまわないんですが。 ▼日本らしさの売れゆきは?(2)タイでは好評発売中 カンボジアでは、日本らしさの売れゆきが、あまりかんばしくないようです。では、タイだとどうか、見てみましょう。 タイの首都バンコクは、以前から日本企業の駐在員さんやなんかが多数居住する街です。だから、日本人だけを対象にしたレストラン、本屋、スーパーマーケット、水商売の店などが、いくつかの地区に集中的に存在します。これらの店で売られているのは、言うまでもなく日本そのもの(もしくは、日本そのものに近づけようとしたもの)です。 日本そのものなら帰国してから買えばいいし、そもそもタイの人が買えないような値段なので、地元の人が買わないものを買おうという気にもならず、あえてこれらの店に入ろうという気にはなれません。ぼくの興味をひくのは、あくまでタイにおける日本らしさであって、日本そのものではないわけです。 さて、ぼくが学部生で貧乏旅行を始めた90年代初頭、すでにタイの人にも買えそうな日本らしさは売りに出されていました。タイのテレビで日本のアニメを目にする機会も多かったし、日本のポップスもカセット・テープがたくさん売られていました。なかでも、女子プロレスの選手が出した曲が好んで聴かれていたりして、文化が伝播し、受容された際の微妙なズレが印象に残っています。 90年代後半になって、タイにおける日本らしさの商品化は、拡大の一途をたどりました。一例を挙げましょう。タイのマクドナルドでは、「サムライ・バーガー」なるものが売られています。日本で売っているテリヤキ・バーガーの商品名をかえて売り出しているんですが、これは検討に値する品だと思います。 マクドナルドというのは、しばしばグローバル化の象徴として引きあいに出されます。グローバル化とその問題点を扱った本のタイトルなんかにも、ときどき使われますね。でも、グローバル化の波が押し寄せて、世界は均質化し、マクドナルド化するというのは、本当なんでしょうか? 事態は、それほど単純ではなさそうです。 グローバル化の象徴とされるマクドナルド自体、テリヤキ・バーガーの例に見られるように、ローカル化しています。そして、グローバル化と、それにともなうグローバルなもののローカル化は、同時にローカルなものが(しばしばグローバルな市場で)商品化されるという現象も生みます。タイで売られている「サムライ・バーガー」は、ローカルなものが商品化した好個の例といえるでしょう。 さて、現象としては相当に面白いんですが、問題は味です。マクドナルドは世界中どこで食べてもケチャップそのままの味付けだったり、サウザン・アイランドのできそこないみたいな味だったりして、どうも好きになれません。こと味に関しては、やはり世界は均質化し、マクドナルド化しているようです。 ▼試しにいろいろ食べてみました 日本らしさの売れゆきを見てきたわけですが、どうせ食べるなら旨い方がいいということで、ほかに旨そうなものはないか、いろいろ試してみました。 90年代半ば、「8番ラーメン」という日本のラーメン屋のチェーンがバンコクに進出しました。日本の味そのままというのが売りだったんですが、タイの人も食べられるぐらいの値段に価格設定してあることもあり、タイにおける日本らしさに対する購買意欲の拡大ともあいまって、いまやお客さんはほとんどがタイの人です。 メニューには、日本語のほか、タイ文字で日本語からの借用語を併記してあります。タイ語の発音、タイ語の声調で注文して、日本人であることがバレなかったりすると、なかなかに気持ちいい。ちなみに、タイにいるときのぼくを見た目だけで日本人だと看破することができる人は、ほとんどいません。 日本の味そのままが売りだったはずなんですが、数年前から「トム・ヤム・ラーメン」なる品が出現しました。客のほとんどがタイ人なので、タイ人も納得できるトム・ヤムの味になっています。以前のメール・マガジンに、注文したくないトム・ヤムの話を書きましたが、今度のトム・ヤムは食べられます。ご安心下さい。 日本風のラーメン屋ということでは、今回のバンコク滞在中にもう一軒見つけました。マーブンクロンという街の中心部にあるショッピング・センター内の"Oishi Ramen"というのが、それです。日本人が経営する店なら、"Oishi"ではなく、"Oishii"と綴るはず、これは妙なものが食べられそうだと、喜びいさんで店に入りました。 「ゴモク・ラーメン」とあるのを注文したところ、出てきたのは桜エビとイカがたくさん入ったタイの中華麺で、スープも完全にタイの中華麺の味。いいです、かなりのズレ具合です。もはや、日本らしさはあくまで記号として流通していて、どれだけ日本そのものに近いかは関係ないんじゃないかという気にさせられます。 これだけ日本らしさが売られているなら、タコ焼きでも売り出せば売れるだろうと思っていたら、ありました。これまたマーブンクロン内の食堂街にて、タコ焼きの屋台を発見。タコ入りとチーズ入りがあります。タコが入っていないタコ焼きを売っているという段階で、すでに「なんか違う」と思わせるに充分なわけですが、より基本に近いものがどれだけズレているかが知りたくて、タコ入りを注文しました。 発泡スチロールの皿にレタスを敷き、その上にタコ焼き4個を並べて30バーツ(約90円)也。見た目もまた、なかなかのズレっぷりです。こういうズレに遭遇すると、嬉しくなってしまいます。変ですか? さて、問題は味です。火力が弱いのか、外側があまり硬くなく、中が硬いタコ焼きでした。日本のタコ焼きの基準では、不味い部類に入るでしょう。しかし、これまで鏤々述べてきた通り、どれだけ日本に近いかは、もはや判断の基準ではありません。タイで売られている日本的な料理として、あるいはタイ料理として旨いかどうかに基づいて、判断を下すべきだと考えます。で、結論は、あまり旨くない、タイにはもっと旨いものがたくさんあるというものでした。 ともかくも、タコ焼きはすでにあることが分かりました。となると、次は何か、考えてみたくなります。タイ焼きとかは、どうでしょう。なにせタイだしね……おあとがよろしいようで。 【筆者プロフィール】 |
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────────────────────────────────────── ★「死の鉄道」を支える「戦場の橋」を訪れて 勝間田 弘(英国バーミンガム大学大学院・在シンガポール) ────────────────────────────────────── 「戦場にかける橋(The Bridge on the River Kwai)」という映画をご覧になったことはありますか。1957年のイギリス映画で、アカデミー賞7部門を受賞した名作です。たとえ見たことがなくても、その名前を耳にしたことがある方は多いと思います。 第二次世界大戦中、日本軍がイギリス人捕虜を使って橋を造る場面での、日本軍将校とイギリス人将校の、複雑な信頼関係を描いた名作です。映画の舞台となった橋は、タイからビルマへ軍需物資を運ぶ鉄道路線上の、クワイ川にあります。 このクワイ川の橋、今でも残っているのです。著者は最近、現場に行ってきました。そこで今回は「戦場の橋」についてお話しします。 戦時中、南方戦線を戦う日本軍は、タイからビルマへ軍需物資を運ぶために鉄道を必要としました。しかし、そこは前人未到のジャングルです。奥には山と崖が延々と続いていており、常識的には鉄道敷設など不可能な所でした。そこで当初は、ジャングルを切り開き山を削って鉄道を通すには、どんなに無理しても5年はかかると言われていました。 しかし、ビルマの前線における成果を急ぐ日本軍は、何と1年3ヶ月で鉄道を完成させてしまったのです。路線の全長は415キロ。これが、泰緬(たいめん)鉄道です。 この驚異的な速さの裏には、多くの犠牲がありました。日本軍は、イギリスやオランダなど連合国軍の捕虜を労働力として使いました。その総数は3〜5万人と言われています。さらに、中国、ビルマ、タイなどアジア人の労働者も働かされました。その総数は10万人以上だったようです。 彼らは灼熱の太陽の下、ろくな食事も与えられないまま休みなく働かされました。そのため、過労、栄養失調、疫病などで、次々と倒れていきました。強制労働の犠牲者の総数には諸説がありますが、少なくても5万人以上だったようです。よって、泰緬鉄道は別名「死の鉄道」と言われています。 5万人以上の命を犠牲に造られた死の鉄道。その工事の難所の一つが、クワイ川に橋を架けることでした。クワイ川の橋は、バンコクから西へ100キロ、カンチャナブリーという所にあります。戦争中は何度も攻撃を受けましたが、戦後に修復され、今でも鉄道を支えています。泰緬鉄道の路線の大半はジャングルに埋もれてしまっていますが、一部が今でも残っており、地元の人の足となっています。そして、クワイ川の橋もそこに含まれているのです。 現地へ行ってみると、まず改めて驚かされるのが猛暑です。外に出て体を動かすことなど、一時間でも苦難に思える灼熱の太陽です。一年中こんな気候の下で労働というのは、常識的には考えられません。 ジャングルの中を抜けていく鉄道に乗ってみると、当時の工事の困難を想像させられます。本当に凄いところに線路が敷かれているのです。山の中、ジャングルの奥、そして急な崖の側面を鉄道は走っていきます。山を切り崩し、ジャングルを切り開き、枕木を一本ずつ敷いていった労働者たちは、何を考えていたのでしょうか。 皆さんもタイに行く機会があったら、是非ここを訪れてみてください。日帰りで行ける所で、現地の旅行会社に尋ねればすぐに分かります。映画「戦場にかける橋」もお薦めです。有名な映画ですから、どこへ行っても見つかる筈です。少し長いですが、見る価値はありますよ。 【筆者プロフィール】 |
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updated:2002.2.10
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