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メルマガ/vol.35
2001.11.19
Contents

(1)「海外で働くということについて−その厳しい「現実」とは何か?」
有留 修(在上海ジャーナリスト・コンサルタント)

みなさん、こんにちは。東京から小田です。

今年に入りGEO Globalではオフラインの活動が活発化したため、オンラインでのメルマガの配信が久しぶりとなってしまいましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、GEO Globalも早いものでまもなく8周年を迎えます。振り返れば、世界の国々に関するコロキウム、国際情勢の勉強会、メンバー交流のためのパーティー、特別行事などなど、これまで70回以上もの行事を開催してきました。

その8周年を記念してメンバー内外の交流のためのパーティーが、5月30日(金)夜、東京・四谷にて開催されます。今回は、サブグループのGEO bizとVitalJapanも合同し、様々な業界の若手社会人を中心とした多彩なバックグランドの人々が集結します。参加ご希望の方は、下記の行事案内をご覧の上、お申し込みください。

さて今号の内容ですが、久々にジャーナリストの有留さんのご登場です。米国でのご経験も豊富ですが、ここ数年は上海やロンドンを舞台にご活躍。今回は、海外でフリーで働くことの厳しさについての経験談を寄せてくださいました。

小田康之(oda@geo-g.com

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★「海外で働くということについて−その厳しい「現実」とは何か?」
有留 修(在上海ジャーナリスト・コンサルタント)
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 長引く不況、デフレスパイラルからなかなか脱出できずにいる日本を離れ、海外で働いてみたいと思う人は、GEOのメンバーの中にも少なからずいるのではないでしょうか。今回は、2000年5月に日本を離れてから約3年、これまで中国とイギリスで働いた経験を基に、「海外で働くこと」について考えてみたいと思います。自分のささやかな体験が少しでも参考になることを祈ります。


▼経験や年齢によって異なる境遇

 海外で働く場合、大きく分けて「駐在員」と「現地採用組」の二つが考えられます。「駐在員」の場合は、いい意味でも悪い意味でもバックにある本社が守ってくれるわけですから、ある程度の「問題」はあっても、「現地採用組」からしますと、さながら「極楽での生活」のように見えます。中には、大きな家に住まわせてもらい、ゴルフとカラオケという「貴族生活」を送っている人もいることでしょう。ここでは、こうした「貴族階級」に触れるつもりはありません。あくまで、自力で道を拓こうとする人のために、参考意見を述べることにします。

 現地採用の場合、いちばん苦労するのは年齢が若く、社会経験を日本(あるいは他の土地)でちゃんと積んでこなかった人です。たとえ、現地の言葉をマスターしたとしても、苦労するのは目に見えています。言葉はできて当たり前。スキルがない場合、その人の雇用価値はゼロに等しいからです。

 まず気になる待遇ですが、ロンドンの場合、年間2万ポンドいけばいいほうでしょう。大概は、1万ポンド台だと考えておいたほうがいいでしょう。これは日本円にすると、200万から300万円台です。つまり日本の大卒の初年度給与並の額となります。それにあわせて物価が安ければ問題ないわけですが、ロンドンは世界一物価の高い都市として知られ、この額で生活するのは非常にきつい。ちなみに、生活費のなかで一番大きなウェイトを占める家賃でみますと、ロンドンの中心部から割と近い地域で部屋を借りた場合(通勤時間が片道45分程度)、ワンルームでも週に150ポンドから200ポンドします。日本円で3万弱から4万弱(月額ではありませんからね!)。月にしますと、とても巨額なものとなります。「部屋代を払うために働いている」――そう感じたのは、自分だけではないと思います。地下鉄もバスも東京以上だし、外食すれば、すぐに1万円が飛んでいきます(ちなみに、イギリスはメシがまずいというのは昔の話。おいしい店はたくさんあります。が、めちゃ高い)。

 そうなると、現地採用組はだいたい、単独では部屋が借りられないので、他人とシェアすることになります。もちろん、20代や30代の前半であれば、それでもいいでしょうが、少々年齢が高くなった人にとっては、ちょっと大変でしょうね。

 その他、現地採用にはまだまだ難しい問題がつきまといます。その一つは、たとえば現地での就職先として一番有力なものとなる日系企業に就職した場合、自分のスキルアップや待遇の改善がなかなかうまくいかないということです。つまり、日本人として現地採用された場合、出たり入ったりする駐在員と同じ現地採用組とはいっても昇進の機会がより多い現地人とのハザマにすっぽり落ちてしまうということです。何年たっても同じような仕事をやらされ、給与のアップもごくわずか……そういう待遇に不満を持っている現地採用組が多いのではないでしょうか。

 これは、もう一つの問題と密接に関連しています。それは、たとえ不満があっても、それを表立って言えないということです。つまり、文句を言おうにも、海外に住む日本人としての弱みがあるため(ビザの問題)、「足元を見られる」ことになるのです。たとえ、待遇が悪くても安定した職場はそうはありません。空きが出れば、すぐに応募者が殺到することでしょう。であれば、たとえ不満であっても、それにしがみつくという態度が生まれてくるわけです。

 こうした「足元を見る」のは、何も日系だけではありません。ロンドンで勤務していた日本語情報誌の場合、日系を相手にする企業ではあっても、経営者が老獪なるイギリス人のおじいさんだったため、こうした日本人の弱みにつけこんで、気に入らない人間はどんどん首にしていました。そうなると、どうなるか?大概の現地採用組はクビにならないため、自分の本心を隠し、絶えずびくびくしていたと思います。なんとも不健康な仕事場ですが、おそらくそういう環境の職場は他にもあるのではないでしょうか。

 ちなみに、別にロンドンにこだわらない自分の場合、ある日、ああでもない、こうでもないと批判ばかり言われるので、「お言葉ですが、これこれについてはどう考えているんですか?」と反論したところ、何と、その翌日、「もう来週から来なくてもいい」と言われました(生まれて初めての「クビ」です!)。

 その会社の場合、ここ2年くらいで編集長が何人もクビを切られているとのことで、半年近く続いた小生は、「長いほうだ」と言われる始末。まあ、ここまでいい加減というかめちゃくちゃな経営はそれほどないと思いますが、言わんとすることは、海外で働くことには、こうしたリスクがつきものだということです。海外で生きるためには、「耐える」という姿勢が何にも増して重要になるのかもしれません。もちろん、そうした不健康な忍耐が嫌いな自分のような人間は、放り出されることになるのでしょうが…。


▼甘くない海外での仕事

 あるとき、パリで発行されている日本語情報誌を読んで、「その通り!」と思わされる意見を目にしました。著者は、日本でフランス系の会社に就職し、パリの本社に派遣されている人でした。

 彼いわく、「自分はフランスが好きで、幸運にも日本でフランス企業に就職が決まり、いまパリで仕事をしているわけだが、この恵まれた境遇にある自分でさえも、フランスで働くことから来る戸惑いやフラストに悩まされることがある。もしも、自分が不安定な現地採用だとしたら…自分の周りにも、フランスにあこがれ、こちらで言葉を学び、現地採用で働いている知り合いや友人がいるが、彼らの苦労を見る限り、世の中はそれほど甘くないことを痛感する。フランスをエンジョイしているのは、どちらかというと、日本でしっかりした仕事を持ち、バカンスでフランスに来ている人たちではないのか。他国での生活をあこがれるのはかまわないが、その現実をちゃんと見てもらわなければならないだろう」

 まさにその通りです。特に、年齢が若く、たとえ言葉ができたとしても、社会経験や仕事上のスキルのない人が海外で仕事を見つけ、ちゃんとした生活をすることには、非常なる困難が待ち受けています。こうした厳しい現実を把握したうえで、なおかつ、自分の活躍の場を海外に求めるのであれば、それはそれで勇気ある姿勢と言えるのでしょう。


▼スキルある日本人を求める中国企業

 ビジネスチャンスにあふれ、何よりもおおらかで気さくな中国人気質に惹かれ舞い戻ってきた上海ですが、ここでも稼ぐことはそれほど楽ではありません。ここでは、上海での「現実」について、少し触れておこうと思います。

 まず、こちらの場合、先ほど触れた「年齢と経験による差」がイギリス以上に大きいと思われます。たとえ、中国がかなり上手に操れたとしても、日本語や英語に堪能な中国人と比べますと、ある特定の領域をのぞき(たとえば、日本語への翻訳)、はるかに競争力が劣ります。まずは給料が違います。ですから、経験やスキルのない日本人現地採用の場合、たとえ日系企業であっても、月給1万元(15万円程度)もらえるところはそう多くはないと思われます。本当に何もスキルがなければ、月5千元程度で働くこともめずらしくないかもしれません。もちろん、この大都市、上海であっても、物価がめちゃくちゃ安いですから、それでも生活はできます。現地の人並みの生活をすれば、アパートだって月に1千元ちょっとで見つけることもできます(もちろん、それ以下になると、かなり厳しいと思いますが…)。それに、食費も安く抑えられますし。

 しかしながら、そのような待遇だと、日本への里帰りもままならないでしょう。要するに、中国において、現地の人なみの暮らしをするのであれば、問題ないというだけの話であり、いまの日本では当たり前の「休日になったら海外に出かける」といったようなことは、できないでしょう。もちろん、それでも十分生活をエンジョイしている人はいるわけですが…。

 それに比べて、「第2の青春(?)」をこの中国で謳歌していると思われるのが、比較的年配で経験とスキルのある中高年層の日本人(技術者)なのではないでしょうか。日本ではお払い箱になった(失礼!)ような人でも、製造業のクオリティアップが続く中国ではまだまだこうした人材に対する需要が高く、豊かに
なった地元企業が月給4、5万元(60万円から75万円!)の「高級」で招き入れるという話もあります。物価の安い中国でこれだけの給与がもらえたとしたら…しかも、技術を持った人を現地の人は「尊敬と敬意」をもって扱うでしょうし、地方都市の場合は、地元の名士として遇されることでしょう。まさに、「天国」です。

 以前から主張していることですが、「日本で腐っているサラリーマン諸氏、中国に渡るべし!」だと思います。「そんなことしたら、日本の製造業がますますだめになる」という人もいるかもしれませんが、そのような了見の狭いことでは、早晩、日本がダメになるのは目に見えています。中国に渡ることで、中国製造業の現場を自らの目で見、体験することで、彼らの強さや弱さ、そして何よりも日本の可能性も見えてくるのではないでしょうか。

 おっと、話がそれました。要するに、中国の場合、経験とスキルにあふれた人ならば、さながら「天国」のような人生が送れるということです(もちろん、言葉や習慣の違いで、それほど簡単ではないでしょうが…)。

 いずれにせよ、われわれが海外で仕事をする場合には、こうした現実をしっかりわきまえたうえで、それなりの心構えを持って取り組んでもらいたいということです。ただし、どんなに準備したとしても、予想を超えた出来事が起きるのは世の常です。

 ついこの間まで「テロも戦争も何せぬものぞ」といった感じで、ノンストップ経済発展を続けていた中国も、ご存知の通り、SARS騒ぎでとんだ事態になっています。まさに、中国に戻ってきた途端のとんだ「お出迎え」となってしまいましたが、これも自分の意思を試されるいい機会だと、前向きにとらえることにしています。こうした問題があっても、中国の発展の基本は揺るがないはずです。この発展の中で、自分にとってのビジネスチャンスは何か、そして新たなる日本と中国の関係構築のチャンスは何なのか、ミクロとマクロの両面から考えながら、自分自身の位置づけを定めていければと思います。

 リスクとチャンスに満ちた海外での生活。予想外の出来事に動じない冷静さと健全な冒険心を持った方々の、これからの海外進出を応援します。

【筆者プロフィール】
 時事通信社外信部、TBS国際報道局などを経て、93年渡米。ワシントンDCのSAIS(ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院)にて米外交政策を専攻(特にそのアジア政策)。帰国後はインターネットメディアの世界に身を置き、マイクロソフト社ではMSNのニュース番組の立ち上げを指揮する。その後、自ら有限会社を立ち上げるも失敗。00年から上海に渡り、中国初の日本語ビジネス情報誌の創刊に携わるが、法的および人的問題に直面し、同誌は別の媒体と合併。それを機に上海を去り、02年6月からロンドンで発行される日本語週刊紙の編集長に就任。が、上層部との対立から同年末にはクビを宣告される。03年春、再び上海に戻り、出版や教育分野を中心に執筆およびコンサルティング業務を手がける予定。
Email:aridome@sh163.net

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updated:2003.05.06