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メルマガ/vol.36
2003.06.02
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(1) 「忍耐と寛容」の国、イギリス(その1)
――生活して見えてきたこの国の在りようとは?
有留 修(在上海ジャーナリスト・コンサルタント)

 今号は北京在住のジャーナリスト有留修さんの連載が続きます。最近まで滞在されていたイギリスについての体験的論考です。

小田康之(oda@geo-g.com

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(1) 「忍耐と寛容」の国、イギリス(その1)
――生活して見えてきたこの国の在りようとは?
有留 修(在上海ジャーナリスト・コンサルタント)
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 これまでに生活したことのある国を何らかのキーワードで表すとしたらどうなるのか。アメリカはずばり「神」、中国は住んでみればすぐにわかるように「人」、そしてイギリスはおそらく「忍耐と寛容」なのではないでしょうか。

 そもそもたった8ヶ月の滞在では、かつて世界にまたがる大帝国を築いた人々や社会の根幹を理解するのは土台無理な話でしょう。それでも、日々の生活、そしてメディアを通じて見えてきたものがあります。今回は、さまざまな角度から見たイギリスという国や社会の在りようについて、自分自身のささやかな観察記録をご披露したいと思います(ロンドンから見たイギリスです)。


<言葉と寛容>

 ロンドンで生活して、まず感じたこと、それは多様性と寛容度の高さ、そして地域性の高さです。一説によると、一日のうちロンドン市内で話される言語の種類は300にも上るといわれます。非常に多様、コスモポリタンです。それはそれでいいのですが、困ったのは、生活していて「まともな英語」を聞く機会があまりないことです。現在はEU拡大で東欧からの人の出入りが激しくなっているようで、東欧なまりの英語が多いほか、もちろんインド・パキスタン系の英語も多いですし、当然、日中韓のアジア系英語もあります。ロンドンに行って英語を勉強する
―――それって、難しい相談かもしれませんよ。

 ロンドンで長年生活している日本人に「ロンドンのどこがいちばんいいのか?」と尋ねますと、決まって返ってくる答えが、「適当に放っておいてくれる」というものです。要するに、「この社会に同化しろ!」という圧力がほとんど感じられないのです。この点は、アメリカと大違いだと感じました。アメリカで生活しているときは、陰に陽に「同化」へのプレッシャーがどことなく感じられたからです。このロンドンには、それがない。その姿勢の表れが、こうした言語に対する寛容さなのかもしれません。実に雑多な言語が話され、英語はそのうちの一つといった感じです(もちろん、職場や学校では違うでしょうが)。ただし、(欧州大陸同様)イギリス社会でも最近は保守化の傾向があり、これまでには見られなかった極右政党の地方議会での台頭や(亡命者等に対する)英語義務化の議論が見られるようになってきています。


<地域性と欧州>

 あとは、それほど大きくないと思われる国にもかかわらず、地域性が非常に高いということです。イングランド、ウェールズ、スコットランドなどなど、生まれた土地へのこだわりが非常に大きいと思います。あるとき飛行機で隣に座ったおじさんいわく、「おれは30年もそこに住んでいるが(ロンドン近郊の街だとか)、いまだに何かあると、『生まれた土地に帰れ!』って言われるんだ。30年も住んでいてだよ?」。これはイギリスだけに限ったことでなく、欧州全体でもそういえるのかもしれませんが、これにはちょっと驚きです。

 欧州が出てきたついでに触れますが、みなさんは欧州と言ったとき、たぶんイギリスもその中に含めますよね?ところが、イギリスでEuropeと言いますと、そこにはイギリスは含まれないのです。さすが、「誇りある孤立」「われわれに永遠の友人は存在しない。あるのは永遠の利害だ」と「のたまうた」国です。EU加盟したとはいっても、いまだに欧州との間に壁が存在しているようです。これについては、今回のイラク問題でさらにイギリスと欧州の溝が深まったといえるでしょう(もちろん、欧州といっても、アメリカ側の言う「旧い欧州」のことでしょうが…ご存知の通り、スペインと東欧諸国はアメリカ支持でした)。いずれにせよ、欧州に肩入れしすぎずに、アメリカと欧州のバランスをとりながら国家の存在意義を見出そうとしている、それがイギリスの実体なんだろうと思います(もちろん、将来的にもそれが通用するかどうかは定かではありませんが…)。


<忍耐、忍耐>

 イギリスは「サッチャー革命」により、それまでの「親方日の丸」的体質とストライキ連発の産業構造が基本的に改められました(もちろん、その弊害としての犯罪の増加や貧富の格差の拡大などを同革命の負の遺産として批判する向きもあります)。ですから、ストなんて、この数年間一度もなかったらしいのです。ところが、よりによって昨年の6月から年末まで何と地下鉄が2度の時限ストライキを起こすわ、消防隊員がいつ終わるとも思えないストを数え切れないほどやるわ、何と「ストの豊作期」に滞在することになったのです。

 地下鉄がストをするとどうなるか?ほとんどの人がバスを使うことになります。普段だと、地下鉄を使って45分程度で行けるオフィスが、何と3時間以上かかったのです。往復で、その日はなんと通勤に6時間あまりかかりました。バスがなかなか来ない上に、来たとしても満員の場合は、そのまま通り過ぎてしまうから、これだけの時間がかかるのです。夏はまだいいですが、寒さの増す秋口になりますと、路上に1時間も立っているのは非常に辛い。もちろん、中には殺気だっている人もいますが、ほとんどの人は、慣れているのか、非常に我慢強い。文句も言わず、列にずっと並んでいます。こういう「忍耐力」がイギリスの強さの一つの大きな理由なのかもしれないと悟った次第です。ちなみに、消防隊がストになりますと、いくつかの地下鉄の駅が閉鎖されます。地下深く掘られた駅だと、臨時に動員された軍隊の消防士が、火災の際に対応できないためです。引越しした途端、近くの駅がその「閉鎖駅」となってしまい、またまたバスでの通勤です。ほんと、しんどいロンドン生活ですね。

(その2では「政治」と「メディア」をとり上げます)

(付録:ロンドン生活で撮りためた写真を集めたフォト・ギャラリーもありますの
で、ご覧ください。http://www.osamuari.orbix.uk.net/uk.htm)

【筆者プロフィール】
 時事通信社外信部、TBS国際報道局などを経て、93年渡米。ワシントンDCのSAIS(ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院)にて米外交政策を専攻(特にそのアジア政策)。帰国後はインターネットメディアの世界に身を置き、マイクロソフト社ではMSNのニュース番組の立ち上げを指揮する。その後、自ら有限会社を立ち上げるも失敗。00年から上海に渡り、中国初の日本語ビジネス情報誌の創刊に携わるが、法的および人的問題に直面し、同誌は別の媒体と合併。それを機に上海を去り、02年6月からロンドンで発行される日本語週刊紙の編集長に就任。が、上層部との対立から同年末にはクビを宣告される。03年春、再び上海に戻り、出版や教育分野を中心に執筆およびコンサルティング業務を手がける予定。
Email:aridome@sh163.net

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updated:2003.06.03